ケトアシドーシス?

問題15

42歳の男性が発熱と腰部痛を訴えて来院した。

既往歴:特発性血小板減少性紫斑病(ITP)のためこれまでピロリ菌除菌療法、脾臓摘除術なども行われているが血小板数は改善せず、現在は下に示すステロイド剤と免疫抑制剤を処方されている。高血圧症、脂質異常症、2型糖尿病のためこれらについても内服処方中。

定期内服薬は、ベタメタゾン(リンデロン®)、シクロスポリン(ネオーラル®)、ビソプロロール(メインテート®)、カナグリフロジン(カナグル®)、フェノフィブラート(リピディル®)、エソメプラゾール(ネキシウム®)

現症:身長 173.0 cm、体重 68.0 kg。血圧 102/65 mmHg、脈拍 126/分、整。体温 38.0℃。頻脈あるもほか胸腹部異常所見なし。右前腕に猫に咬まれたあとの蜂窩織炎がみられる。

精査の結果、①右前腕に猫の咬まれたあとにできた蜂窩織炎が認められた、②血液培養でPasteurella multocidaという猫の口腔内に常在するグラム陰性桿菌が検出された、③腰椎に椎体炎、椎間板炎がある、などが判明したため、おそらく一連の病態は人畜共通感染症であるパスツレラ感染症による菌血症が根本的な原因と考えられた。

本患者において以下の検査所見が認められた。

Na 138 mEq/L、K 3.8 mEq/L、Cl 107 mEq/L、血糖値 127 mg/dL、HbA1c 6.8%。動脈血ガス分析(自発呼吸、room air):pH 7.318、PaO2 72 Torr、PaCO2 29 Torr、HCO3 13.8 mEq/L。尿検査:蛋白(±)、糖(2+)、ケトン体(2+)

この検査所見を生じた病態に最も関与したと思われる薬剤などれか。

(a)シクロスポリン

(b)フェノフィブラート

(c)ビソプロロール

(d)エソメプラゾール

(e)カナグリフロジン

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例246として扱ったもの)

発熱と腰痛で来院され、①右前腕に猫に咬まれたあとにできた蜂窩織炎、②Pasteurella multocidaと呼ばれるほぼ100%猫の口腔内に常在するグラム陰性桿菌による菌血症、③腰椎に椎体炎、椎間板炎、などが判明したため、おそらく一連の病態は人畜共通感染症であるパスツレラ感染症が根本的な原因と考えられる。その患者に認められる尿検査異常、血液ガス分析異常をどう考えるかというのが今回の問題の主旨である。

今回のデータを見るとpH 7.318と明らかなアシデミアがあり、HCO3 13.8 mEq/Lと低下しており代謝性アシドーシスがあると考えられる。まず代謝性アシドーシスを見た場合、アニオンギャップ(anion gap; AG)を計算しよう。AG=138-(107+13.8)=17.2で正常値12±2より明らかに高い。AGが増加している(AGが開大しているともいう)代謝性アシドーシスは、何らかの不揮発酸が産生されている代謝性アシドーシスということになる。では具体的にどのような不揮発酸が考えられるだろうか?敗血症というかなり重篤な病態であり、嫌気性代謝が亢進した結果、乳酸などが産生される、ということがあるかもしれない。しかし何にもまして尿検査でケトン体が(2+)検出されており、単純に考えるとケトアシドーシスが疑われる。通常ケトアシドーシスといえば、1型糖尿病でしばしばみられる糖尿病性ケトアシドーシス、問題13で採りあげたアルコール多飲によるアルコール性ケトアシドーシスなどが有名であるが、今回の患者に関しては、アルコールはほとんど飲まず、血糖値も127 mg/dLでほとんど正常に近く、いずれでもなさそうである。そこで注目したいのは本人が持参してきた薬物の中で、SGLT2(sodium glucose transporter 2)阻害薬であるカナグリフロジン(カナグル®)が含まれていることである。本剤に限らず一般にSGLT2阻害剤は、その作用として尿中に1日60 g程度のグルコースを排泄させる作用がある。このため体内での炭水化物からのエネルギー供給が不足となって、血糖コントロールがたとえ良好であっても脂肪酸代謝を亢進させることが知られており、患者の体調もあいまって(たとえば今回のような敗血症で体調が悪くなり、糖質からの食事摂取量も減っている状況など)血糖値が正常あるいは軽度上昇にとどまるケトーシスがあらわれ、ケトアシドーシスに至ることがある。通常の糖尿病性ケトアシドーシスはインスリン作用不足を主たる機序とするため血糖値が高くなるが、本病態は機序が異なり、血糖値はそれほど上昇しないため見逃されやすい。SGLT2阻害剤投与中の患者で、過度な糖質摂取制限、食事摂取不良、感染症、脱水などケトアシドーシス誘発のリスクのある場合にはこのような病態に注意したい。

解答 (e)

実際の症例では

入院後の経過では感染症の治療が主体となったが、データを丁寧にみると、本病態があることがわかる。また実際の症例では、静脈血で酸塩基バランスが評価されていたが、アシドーシスの評価をするためであれば、静脈血でのデータでも代用可能である。今回は、一応動脈血ならこんな感じだったかと思われるデータで試作した。パスツレラ症については抗生剤も適正に使用され、退院された。

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