急に見えにくくなった

問題120
64歳の女性が視力障害とふらつきを主訴に眼科から紹介された。
既往歴:パーキンソン病で近医通院中。
現病歴:本日起床時に、急に両眼とも見えにくくなり、ふらつきも自覚した。眼科受診され、視力は4年前と比較して左右1.2(nc)から右0.5(nc)、左0.4(nc)まで低下していることが判明した。視野検査で下のような結果を得たため眼科から紹介された。
現症:意識清明。心肺異常なし。血圧 165/94 mmHg、脈拍 87/分、体温36.8℃、SpO2 96%。四肢に運動麻痺や感覚障害なし。
血液生化学所見:白血球3800/μL、赤血球349万/μL、Hb 10.7 g/dL、Hct 32.7%、血小板19.2万/μL、PT 10.0 sec(123.0%、INR 0.90)、APTT 26.2 sec、D-dimer 0.7μg/mL、CRP 0.89 mg/dL、LDH 194 U/L、AST 28 U/L、ALT 6 U/L、γ-GTP 15 U/L、T-Bil 0.4 mg/dL、T-P 7.2 g/dL、CPK 97 U/L、BUN 18 mg/dL、Cr 0.52 mg/dL、Na 131 mEq/L、K 5.0 mEq/L、CL 95 mEq/L、FBS 90 mg/dL、LDL 85 mg/dL、HDL 122 mg/dL、TG 54 mg/dL。

視野試験の所見

問題
本患者で予想される頭部CT画像として次の(a)から(f)の中で適切なものはどれか。1つ選べ。

(類題 2016年認定内科医試験)

解説

まず解剖のおさらいをしておく。視界の右にあるものは網膜の左側に、左にあるものは網膜の右側にというように、外界の視野は眼球のレンズ体によって網膜上に倒立像を形成する。この像の情報が視神経線維を通って大脳まで運ばれるが、その際に視神経線維の集まる点(これを盲点という)を中心として、それよりも①内側からの情報と②外側からの情報とは、大脳の全く異なる部位に運ばれる。①を運ぶ視神経線維は、左右の視神経が交差する視交叉で右から左へ、あるいは左から右へ乗り換えて移動し、右眼からの情報は左の大脳の視覚野へ、左眼からの情報は右の大脳の視覚野へと送られる。一方、②を運ぶ視神経線維は、視交差で乗換えをせず、左右同じ側の大脳視覚野へと運ばれる。これによって、左の大脳視覚野には全視界のうちの右半分の倒立像が、右の大脳視覚野には左半分の倒立像が投影されることになる(図1)。ヒトはこの左右倒立された像を脳内で処理して、視界情報を再構成している。


図1:障害部位から見た視野障害のパターン

一般に後頭葉の病変は、四肢の麻痺もきたしにくく、小脳病変で認められる指鼻試験や、閉眼での立位保持が維持できるかどうかをみるRombergサインも陰性になるため、しっかりとした病変があるにもかかわらず気づかれないこともあり注意が必要である。後頭葉は一次視覚野(V1)からV1の前方にある視覚前野(視覚連合野)(V2~V5)に分かれる。網膜から受け取られた視覚情報はV1→V2と伝わり最終的にV3で奥行きや位置などを、またV5では動きなどを、背側視覚路から頭頂連合野に伝達され距離感などを認識する。一方、V4では色や形態が腹側視覚路から側頭連合野に伝達され認識される。後頭葉障害で代表的な症状としては、V1の障害によって健側同名半盲の視野欠損がみられる。今回の症例では、視野検査で明らかに左半盲が認められており、右後頭葉出血であれば矛盾しない。今回の症例では全体的にみにくいとの訴えだったが、左半盲では左の視野が欠損していて左側がみにくい、左側の物にぶつかってしまう、などより具体的に視覚障害を訴える場合もある。そのほかにこの領域ではV1の障害で、見えていないのに見えているかのような錯覚を覚えるAnton症候群、V1以降の視覚前野(V2~V5)の障害では、さまざまな失認が生じる。たとえば見えているだけでそれが何であるかわからない物体失認(左後頭葉の視覚前野から側頭葉の側頭連合野にかけての腹側視覚路の障害)、相手を見ているだけでは誰だかわからない相貌失認(右後頭葉の視覚前野から側頭葉の側頭連合野にかけての腹側視覚路の障害)、色を識別できずモノクロに見える色彩失認(V4障害)、動いている物を静止画として認識してしまい、距離感がなく、遠くにあると思っていても突然目の前に来るような感覚をもつ視覚性運動失調(V5障害)などがある。以上のように、この領域の障害は、同名半盲が生じて両眼の視力が急に悪くなったとか、見えにくくなって歩行が不安定になったなどと訴える場合や、いつもより物の色がうすい、視覚性運動失調のため自動車にぶつかりかける、などという症状しかない場合もあるため注意したい。

【補足】参考症例
視野欠損に関しては下垂体出血での両耳側半盲も有名であり、一例挙げておく。
64歳の女性が嘔吐を主訴に救急搬送された。
既往歴:特記事項なし。
現病歴:夕食は問題なく食べたが、翌日未明午前4時に倦怠感を訴えて起きてきたのを家人が発見した。様子をみていたところ悪心、嘔吐が出現。悪心とからえずきが持続するため救急要請され午前5時に救急搬送となった。下痢、腹痛、背部痛など、他の症状なし。現症:からえずきで身体を左右に頻回に振られており理学所見はとりにくかったが、少なくとも腹部腸蠕動やや低下、圧痛なし、心肺異常なし。血圧 96/48 mmHg(ふだんの血圧 80/60 mmHg程度)、脈拍108 /分、体温36.6℃、SpO2 97%。
血液生化学所見:白血球10700/μL(好中球87.0%、リンパ球11.0%、単球2.0%)、赤血球439万/μL、Hb 13.5 g/dL、Hct 41.6%、血小板28.3万/μL、PT 10.4 sec(99.1%)、APTT 29.9 sec、Fibrinogen 230 mg/dL、CRP <0.03 mg/dL、LDH 220 U/L、AST 19 U/L、ALT 10 U/L、ALP 206 U/L(基準110~360)、γ-GTP 8 U/L、T-Bil 0.4 mg/dL、Alb 4.1 g/dL、AMY 208 U/L、CPK 71 U/L、BUN 11 mg/dL、Cr 0.48 mg/dL、Na 141 mEq/L、K 3.2 mEq/L、CL 105 mEq/L、Ca 9.2 mEq/L、FBS 159 mg/dL。
両耳側半盲(bitemporal hemianopsia)とは視野障害の一種で、視野の外側すなわち耳のあるほうが見えなくなった状態を指す。視神経が、視交差の内側部分、すなわち左右の視神経が乗り換える部分で障害されると、反対側の眼からの視覚情報が大脳に伝わらなくなる。具体的には、左の大脳は左眼の右半分にある視界情報は入ってくるが、視交差が障害されて、右眼からの右半分の視界情報が入ってこなくなる。同様にして、右の大脳は左眼からの左半分の視界情報が入ってこなくなる。結果的には全視界のうちより両耳に近い情報が入手できなくなってしまう。このようにして起こる病態が両耳側半盲である。今回の問題120で提示した画像の中で(f)が本症例の画像である。MRI画像もあわせて提示する(図2)。


ひどく悪心で苦しまれている割に腹部CTで著変がなく、そのままCT室から救急室に戻ろうかと考えかけて、中枢性嘔吐を否定しなければと思って頭部CTを撮影したところ、下垂体出血であることが判明した。

解答 (c)

 

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