健診で白血球増多を指摘されて

問題97
75歳の女性が健診結果で白血球増多を指摘されて来院した。
既往歴・家族歴:特記事項なし。
現症:意識清明。血圧 128/73 mmHg、脈拍 72/分、整。体温 36.8℃、Spo2 97%。眼瞼結膜に貧血・黄疸なし。Traube領域に濁音界あり。
検査所見:血液所見:白血球15300/μL、赤血球485万/μL、Hb 14.4 g/dL、Hct 42.4%、血小板47.8万/μL、PT-INR 1.00(基準値0.85~1.15)、APTT 33.4秒(基準対照32)。血液生化学所見:空腹時血糖 93 mg/dL、T-P 7.5 g/dL、Alb 4.5 g/dL、BUN 10 mg/dL、Cr 0.51 mg/dL、T-Bil 0.5 mg/dL、AST 21 U/L、ALT 11 U/L、LDH 221 U/L、Na 144 mEq/L、K 4.4 mEq/L、Cl 108 mEq/L、CRP 0.05 mg/dl、CPK 51 U/l。尿所見:蛋白(-)、糖(-)、潜血(-)。
末梢血塗沫May-Giemsa染色を示す。

本疾患につき誤っているものを選べ。
(a)好中球アルカリフォスファターゼスコア(NAPスコア)が低下する。
(b)急性転化が示唆される。
(c)使用する薬物によっては、治療前に胸水・心嚢液貯留の有無の評価が必要である。
(d)骨髄では骨髄球より未熟な細胞が多数認められる。
(e)造血幹細胞レベルでの腫瘍性増殖が生じて起こる。

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例313として扱ったもの)
 白血球増多にもかかわらず、末梢血塗沫標本には好中球以外にも骨髄球以降の各段階の顆粒球系細胞を多数認める。なかでも好塩基球が1視野で3つも認められることから好塩基球の増加があることは明らかである。骨髄球以降の分化した細胞しか末梢血に出現しておらず、慢性骨髄性白血病の慢性期が最も考えられる。ちなみに今回の症例の白血球15300/μLの内訳は分葉核球67.0%、桿状核球1.0%、リンパ球19.5%、単球3.0%、好酸球0.5%、好塩基球7.0%、骨髄球2.0%だった。

図1:末梢血塗沫標本(ギムザ染色)。好中球(赤矢印)の他、好塩基球(青矢印)の増加が認められる。骨髄球(緑矢印)も出現している。

骨髄検査では有核細胞数678000/μlと著しい過形成の骨髄であることがわかった。巨核球は150/μl、芽球は0.4%だった。好中球系では前骨髄球0.4%、骨髄球36.4%、後骨髄球7.2%、桿状核球10.8%、分葉核球26.8%で、好酸球系では骨髄球0.4%、後骨髄球0.4%、分葉核球5.6%で、好塩基球は1.2%、単球は1.2%、赤芽球系では好塩基性赤芽球0.8%、多染性赤芽球6.0%、正染赤芽球1.2%であった。M/E比は11.2と増加し、骨髄球系の細胞が増えて、相対的にリンパ球系や赤芽球系が減少していた。芽球の増加傾向は認められず、骨髄球以降の成熟した細胞が増殖していた。巨核球の増加傾向も認められた。好塩基球は比率からは1.2%だが、8136/μlとなり増加していた。慢性骨髄性白血病の慢性期に矛盾しない像といえる。
慢性骨髄性白血病(CML;chronic myeloid leukemia)は、Ph染色体(フィラデルフィア染色体:9番染色体と22番染色体の相互転座で生じた通常より短い22番染色体)を有する造血幹細胞が出現することにより生じる。この異常染色体が形成されることにより9番染色体長腕上のc-ABL遺伝子と22番染色体長腕上のBCR遺伝子とが融合遺伝子を形成した結果、腫瘍増殖にはたらくチロシンキナーゼ活性をもつBCR-ABLチロシンキナーゼが産生され、造血幹細胞のモノクローナルな腫瘍性増殖を起こさせる(図2)。
【フィラデルフィアはアメリカのくににt(9;22)ある。と覚える】

図2:Ph染色体(フィラデルフィア染色体)は9番染色体と22番染色体の相互転座で生じた通常より短い22番染色体である。これを有する造血幹細胞が出現することにより慢性骨髄性白血病が生じる。この異常染色体が形成されることにより9番染色体長腕上のc-ABL遺伝子と22番染色体長腕上のBCR遺伝子とが融合遺伝子を形成した結果、細胞増殖亢進にはたらくチロシンキナーゼ活性をもつBCR-ABLチロシンキナーゼが産生され、造血幹細胞のモノクローナルな腫瘍性増殖を起こさせる。

ちなみに今回の症例ではPh染色体のほか、2番、5番、6番染色体の異常も認めらた(図3)。このような異常を付加的染色体異常といい、移行期や急性転化期のCMLには80%の症例で認められる。

図3:今回の症例における染色体分析。t(9;22)によるPh染色体の形成がみられる。その他にも2番、5番、6番染色体の異常も認められている。

図4:今回の症例のFISH法で検出されたBCR-ABL融合遺伝子。(a)円形細胞(リンパ球系細胞、単球、幼若球、変形した好中球)では融合シグナルは47%だった。(b)分葉核球(好中球、一部の単球)では融合シグナルは96%だった。

 CMLは造血幹細胞レベルでの腫瘍性増殖であるが、同じ造血幹細胞レベルでの腫瘍性増殖である骨髄異形成症候群とは異なり、CMLの場合は、Ph染色体を有する異常な造血幹細胞が、分化能を持ちながら腫瘍性増殖するため、骨髄内で各成熟段階の顆粒球系細胞が増殖し、その一部は、末梢血に移行する。(分化能を持たなければ成熟できずに骨髄内でアポトーシスによって死滅し、結果的に無効造血となってしまう。)成熟していない段階の幼弱な芽球は、正常では骨髄から末梢血には移行しないが、CMLの慢性期には10%未満の芽球が末梢血に移行する。この慢性期を無治療のまま経過した場合、3~5年経てから急性転化し急性白血病類似の病態により死亡する。CMLの好発年齢は30~50歳台で、通常発見時には無症状が多く、健診などをきっかけに発見される。理学所見では肝脾腫がみられる。血液検査では、各成熟段階の顆粒球系細胞の増加を伴うため白血病裂孔はなく、特に好中球の増加が目立ち、ほかに好酸球、好塩基球も増加する。特に好塩基球の増加が特徴的である。また血小板数も増加を伴うことが多い。赤血球は正常ないし低下する。(なぜこの系統も増加しないのかについては各血球の半減期、正常造血系と腫瘍性造血系とのバランス、脾臓による捕食などの兼ね合いもあり複雑らしい。)その他、生化学検査ではビタミンB12の増加(白血球の破壊により、白血球内の大量のビタミンB12が血中に逸脱)、LDH、尿酸の増加がみられ、好中球アルカリフォスファターゼスコア(NAPスコア)が低下する(図5)。NAPスコアの正常値は170~367点であるが、今回の症例では69点と明らかに低下していた。NAPスコアは慢性期には低下し、急性転化期に増加する。さらにCMLの確定診断のためには、骨髄検査の染色体分析で骨髄細胞のPh染色体t(9,22)を証明し、末梢血白血球や骨髄細胞の遺伝子解析でBCR-ABL融合遺伝子を検出する。
 慢性期の治療の主眼は急性転化を起こさせないようにすることである。つまりPh染色体陽性の白血病細胞をコントロールして、病期が慢性期から移行期、急性転化期へと進行しないようにする。そのための第一選択薬はチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)であり、第一世代のイマチニブ(グリベック®)、第二世代のニロチニブ(タシグナ®、リパーゼなどの膵酵素上昇、高血糖、高ビリルビン血症が出やすいので治療前の評価が必要)やダサチニブ(スプリセル®、胸水貯留、心嚢液貯留など体液貯留が起こりやすく、使用前には胸部レ線などでの評価が必要)などが使用される。これらも不応の場合ボスチニブ(ボシュリフ®)など他のTKIが用いられる。TKI抵抗性で、50~55歳未満の場合は、造血幹細胞移植も試みられる。ただし、治療関連毒性による早期死亡のリスクが高く、治療対象の選択は全身状態も十分考慮して行われる。

図5:好中球アルカリフォスファターゼ(NAP)染色によるNAPスコア。好中球には特殊顆粒が含まれ、これは好中球の成熟度を反映する。顆粒の数と分布パターンによって点数化し、100個の好中球の合計点をスコアとする。正常は170~367である。

解答:(b)

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