動悸と胸部不快感

 

問題17

67歳の女性。体操中に動悸のような胸部不快感を覚えた。

既往歴:15年前から糖尿病、高血圧、高脂血症で他院通院中。

現病歴:若い頃から動悸のような胸部不快感があり、運動中も安静時にも起こっていたが、これまでは1分位で消失していた。最近、体操中に動悸のような胸部不快感を覚え、普段よりも長く苦しい感じがしたため精査希望され来院された。

現症:身長148.4 cm、体重64.5 kg、血圧 136/68 mmHg、HR 58/分、整。体温 36.3℃。Spo2 96%。眼瞼結膜に貧血、黄疸なし。心音、呼吸音に異常なし。腹部に異常はない。

検査所見:尿所見:蛋白(-)、糖(-)、潜血(-)、血液生化学所見:Alb 4.1 g/dL、空腹時血糖 132 mg/dL、HbA1c 6.3%、Na 141 mEq/L、K 4.8 mEq/L、Ca 9.5 mg/dL、P 3.8 mg/dL、ホルモン検査所見:ACTH 23.0 pg/mL(基準値7.2~63.3)、コルチゾール 12.6 μg/dL(基準値4.0~19.3)、アルドステロン(安静臥位) 94.7 pg/mL(基準値30~159)、

尿中メタネフリン 5.50 mg/day(基準値0.04~0.19 mg/day)、尿中ノルメタネフリン 0.80 mg/day(基準値0.09~0.33 mg/day)、血漿レニン活性(安静時)0.6 ng/mL(基準値0.3~2.9)、尿中VMA 8.8 mg/day(基準値1.5~4.3 mg/day)、尿中アドレナリン 0.29 ng/mL(基準値0~0.17 ng/mL)、尿中ノルアドレナリン 0.37 ng/mL(基準値0.15~0.57 ng/mL)、尿中ドーパミン<0.02 ng/mL(基準値0~0.03 ng/mL)

心電図:安静時心電図には異常なし。

腹部単純CT:左副腎に65×44 mm程度の内部不均一な腫瘤を認める。

MIBGシンチ:左副腎の腫瘍に一致して集積亢進が認められる。

本疾患について誤りはどれか。

(a)30~40%の症例では遺伝性である。

(b)CTやMRIなどの造影剤の使用は原則禁忌である。

(c)I123-MIBGシンチが約10%で偽陰性となる。

(d)膵消化管内分泌腫瘍を合併することがある。

(e)α-遮断薬の投与前のβ-遮断薬の投与は禁忌である。

(類題 2016年認定内科医試験、2018年総合内科専門医試験)

解説オリジナルは『Dr.Tomの内科症例検討道場』第3版 症例90

今回の症例は、問題のように内分泌検査所見と副腎の画像検査所見もすべて提示されていれば副腎の褐色細胞腫と診断するのは容易である。褐色細胞腫は、二次性高血圧症の代表であり、循環器症状として今回のように動悸、胸痛、頻脈のほか、頭痛、発汗過多、顔面蒼白、不安感、などもみられ、代謝異常として高血糖、体重減少、などが生じることが多い。今回の問題での15年前から指摘されている高血圧、糖尿病が本疾患と関連して発症していたのか、それとも肥満もあるためもともとのメタボリック症候群による一連のものかどうかは不明である。疫学的には悪性は11.0%、副腎外性(パラガングリオーマ)17%、多発性12.7%、家族性10.0% など、俗に10%病ともいわれてきたが、近年の遺伝子検索により、遺伝性のものが30~40%あることが明らかとなっている。特にRETVHLSDHBSDHD遺伝子変異は頻度が高いため、今後、診断マーカーとして有用である。なかでもSDHB遺伝子変異は悪性を示唆する所見として重要である。また、最近の画像検査の普及により5~10%の症例は副腎偶発腫瘍(incidentaloma)として無症状、正常血圧でみつかる。診断には、血中、尿中のカテコラミンやその代謝産物の測定が有用である。カテコラミン代謝産物である尿中メタネフリン、ノルメタネフリンが最初のスクリーニングで測定される。

多臓器に内分泌腫瘍が多発する病態であるMEN(multiple endocrine neoplasia)にはtype 1(副甲状腺機能亢進症、下垂体腺腫、膵消化管内分泌腫瘍)とtype 2(甲状腺髄様癌、褐色細胞腫、副甲状腺機能亢進症)があり、本疾患がMENに認められる場合はtype 2である。

画像診断にはMIBGシンチが用いられるが、MIBGはクロム親和性細胞に特異的に取り込まれるため、確定診断に有用である。しかし約10%で偽陰性となる。参考までに、I131-アドステロール副腎皮質シンチは副腎皮質の腺腫を、I123-MIBGシンチは褐色細胞腫の機能診断として使用され、99mTc-MIBGシンチは副甲状腺腺腫や過形成で使用される。

ところで一般に血圧が著しく高くなり、放置すれば近い将来、不可逆的な臓器障害を起こして致命的となるため直ちに降圧治療を要する状態を高血圧クリーゼと呼ぶ。拡張期血圧120 mmHg以上、頭痛や悪心・嘔吐、痙攣、意識障害なその中枢神経症状や眼底出血、乳頭浮腫、腎機能障害、心不全、など心血管系症状が認められる。通常は、脳出血など脳神経領域や心疾患などが基礎疾患となるが、内分泌疾患の中では褐色細胞腫が最大の原因であり、特にこれを褐色細胞腫クリーゼと呼ぶ。クリーゼの原因としては、前屈姿勢や妊娠(子宮による褐色細胞腫への圧迫が原因)、診療行為における圧迫、および各種薬剤などが挙げられる。

褐色細胞腫クリーゼを起こしうる薬剤として、制吐剤メトクロプラミド(プリンペラン®)は抗ドーパミン作用(D2受容体拮抗作用)があるためカテコラミン分泌を促進する。また添付文書には記載がないが同様の機序をもつドンペリドン(ナウゼリン®)にもその可能性があるものとみておきたい。降圧薬としては、安定期の血圧コントロールにはα1-遮断薬ドキサゾシン(カルデナリン®)が第一選択となっている。十分にα-遮断薬を効かせたあとでβ-遮断薬を使用する。もしプロプラノロール(インデラル®)のようなβ-遮断薬を先行投与すると、血管平滑筋のβ2受容体(血管拡張に作用)を遮断するため、α作用が増強され高血圧発作を誘発する可能性があり、禁忌である。α・β遮断薬はβ遮断作用が強く推奨されない。またCTやMRIで使用する造影剤は、やはりクリーゼを生じることがあるため、原則使用は禁忌となっている。

解答:(d)

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