意識障害での救急搬送

問題44

64歳の女性。意識障害を主訴に救急搬送された。

現病歴:8年前から非定型精神病にて他院入院中。5日前までは病棟で普段と変わりなく、廊下をうろうろしていた。4日前から精神状態が不安定となり、前日から定期内服薬の内服が困難となり、今朝から覚醒が悪く、腹部膨満も強く、14時に血圧74/42 mmHg、脈拍38/分と低下しており当院救急搬送された。

現症:意識レベルⅡ-20~30。血圧83/44 mmHg、脈拍47/分、体温32.2℃、Spo2 97%。理学所見上、顔面、下肢に圧痕を残さない浮腫を認める。皮膚可視粘膜に貧血あり。また病的心雑音は聴取しないが徐脈を認める。腹部腸雑音低下しており、圧痛なく腫瘤を触知せず。

検査所見:血液所見:白血球3900/μL(好中球85.0%、リンパ球12.4%、単球2.6%)、赤血球304万/μL、Hb 9.4 g/dL、Hct 28.8%、PLT 10.5万/μL。血液生化学所見:LDH 361 U/L、AST 69 U/L、ALT 67 U/L、ALP 317 U/L、CPK 1790 U/L、Cr 0.89 mg/dL、Na 131 mEq/L、K 3.7 mEq/L、Cl 100 mEq/L。

心電図

腹部CT(a)、胸部CT肺野条件(b)、胸部CT縦隔条件(c)を示す。

本患者に対する初期対応として適切なものはどれか。2つ選べ。

(a)肝機能異常に対する肝庇護療法

(b)心肺機能の維持、改善を目的とした全身管理

(c)経鼻胃管からの甲状腺ホルモン製剤の投与

(d)フロセミド投与

(e)抗てんかん薬の投与

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例95)

典型的な粘液水腫性昏睡症例である。意識障害を主訴に救急受診され、①38/分の徐脈と83/44 mmHgと血圧低下があり、心電図では徐脈のほか四肢誘導における低電位がみられ循環不全がみられること、②圧痕を残さない浮腫を認めること、③32.2℃の低体温がみられること、④消化管全体の動きが悪いのかCT画像上は麻痺性イレウスを呈していること(図1(a))、⑤データからは肝機能異常と著明な高CPK血症がみられること、などから甲状腺機能低下をベースにした昏睡、いわゆる粘液水腫性昏睡を疑わなければならない。この場合、肝機能異常は高CPK血症とともにhypothyroid myopathyに由来することが多いとされている。さらにはタンパク質代謝においては、特に肝臓や筋肉における種々の酵素の遺伝子発現を調節するため、機能低下症では、酵素の代謝が遅延しAST、ALT、LDH、CPKなどの上昇がみられる。画像的には、腹部CTで横行結腸を中心に腸管拡張がみられ(図1(a))、全体に腸蠕動の低下を反映していると考えられる。また胸部CTでは、肺門部血管陰影の増強(図1(b))、心拡大、両側胸水少量貯留、心嚢液少量貯留(図1(c))、など甲状腺機能低下による循環不全を反映する所見がみられる。

図1:(a)横行結腸中心に腸管拡張像、(b)肺門部血管陰影増強、(c)両側胸水(赤矢印)、少量心嚢液(黄矢印)貯留

病態生理学的に、甲状腺ホルモンは交感神経刺激作用や心筋のミオシン遺伝子の発現を亢進させるなどして心拍を増加させる。このため機能低下症では本症例のように低血圧、徐脈が生じる。また甲状腺ホルモンは、ムコ多糖類の皮下組織への沈着を抑制する作用があるため、機能低下症では浮腫が認められる。典型的な甲状腺機能低下の症状としては①全身症状として易疲労感、体重増加、低体温、寒がり、②鼻咽頭喉頭症状として声帯や鼻粘膜の浮腫から嗄声、③消化器症状として舌肥大、便秘、食欲不振、④循環器症状として、粘液水腫心が生じ心肥大、心嚢液貯留、血圧低下、徐脈、息切れ、⑤神経筋症状としてこむら返り、筋力低下、筋肉痛、アキレス腱反射遅延、⑥皮膚症状として四肢、顔面の浮腫(水分が貯留する浮腫とは異なりnon-pitting edema)、発汗減少、皮膚乾燥、脱毛、皮膚黄染(カロチン沈着)、⑦造血器症状として貧血がみられる。また⑧精神症状として、思考力や記憶力の低下、動作緩慢、言語緩慢、眠気、脱力感、無気力など不定愁訴として心療内科や精神科を受診されたり、認知症と誤診されたりしている場合もある。重症となると、脳血流循環も低下するため傾眠傾向、昏迷状態、さらには意識障害をきたし昏睡となる。これが粘液水腫性昏睡である。

治療として薬剤の種類、量、投与方法など確立されたプロトコールがない。穏やかに補充できるT4製剤レボチロキシン(チラーヂンS®)を50~200 μg/日内服、注腸、あるいは経鼻胃管からの投与を行い、これに確実で速やかな効果発現が期待できるT3製剤リオチロニン(チロナミン®)を50μg/日まで併用してもよいとされているが、心血管系の副作用に留意したい。T3の併用の有り無しに関わらず、原発性副腎不全や相対的副腎不全の可能性もあるため、コルチゾールの結果が判明するまではハイドロコルチゾン100 mgを8時間ごとに投与を繰り返し、結果が正常なら漸減する。昏睡にいたっていない通常の甲状腺機能低下症の場合は、急性冠症候群の既往がある患者の場合や高齢者で長期間甲状腺機能低下状態にあった場合、急速に甲状腺機能を正常化すると心筋の急速な代謝改善に冠動脈からの酸素供給が追い付かず急性冠症候群のリスクがある。このため レボチロキシン12.5μg/日から開始し、2週ごとに12.5μgずつ増量することが推奨されている。また、一般に腸蠕動は34℃以下で麻痺性イレウスを生じるので本症例もそれにあたるが、32℃までは低体温軽症例として循環動態の変化に注意しながら電気毛布などで表面復温法を行う。

解答:(b)、(c)

実際の症例では

今回の症例では、主治医は初診時から甲状腺機能低下症ではないかと考え、甲状腺ホルモンを測定している。その結果、FT3 <0.5 pg/mL、FT4 <0.10 ng/dL、TSH 110.07μU/mL、と著明な甲状腺機能低下症が存在することがわかった。また、その他の各種ホルモンについては、コルチゾール22.5 μg/dLで正常の他、GH 17.20 ng/mL、LH 11.5 mU/mL、FSH 37.9 mU/mL、ACTH 22.4 pg/mLと正常であった。また、自己抗体に関しては抗サイログロブリン抗体>4000 IU/mL、抗TPO抗体<5 IU/mLであった。T4製剤とT3製剤を併用し、一時意識レベルもⅢ-200まで低下したが、その後Ⅱ-10まで回復して食事再開し、もとの状態にもどられた。

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