意識障害と腎不全で救急搬送された高齢者

問題114
76歳、男性が意識障害で救急搬送された。
現病歴: 8日前にかがんだ際に咳嗽があり、その際に腰痛と両下肢全体の痺れが生じ、近医整形外科から他院に腰椎MRI検査を依頼された。Th12の圧迫骨折が判明し、コルセットを装着させ歩行は自由にしてよいと言われていた。その後、徐々に意識状態が低下してきており、自宅にいる時はぼんやりしていて四肢の脱力があり、ほぼ寝ている状態となってきたため当院救急外来に搬送された。Ca製剤やビタミンD製剤の処方はない。
現症:身長170.0 cm、体重63.0 kg。血圧 161/75 mmHg、脈拍 97/分、整。体温 37.0℃。呼吸数17回/分。意識レベルⅠ-1でぼんやりされているが話しかけると会話は可能。眼球運動に異常なし。皮膚、可視粘膜に貧血あり、黄疸なし。表在リンパ節触知せず。頚静脈怒張を認めない。肺野は両側清、心音は整、病的心雑音聴取せず。腹部は平坦、軟。圧痛なし。腸蠕動正常。腫瘤触知せず。下肢に浮腫なし。四肢に麻痺なし。
検査所見:血液所見:白血球10990/μL(好中球85.9%、リンパ球8.6%、単球4.3%、好酸球0.9%、好塩基球0.3%)、赤血球235万/μL、Hb 8.1 g/dL、Hct 23.0%、血小板 15.7万/μL、血液生化学所見:CRP 16.36 mg/dL、LDH 449 U/L、AST 66 U/L、ALT 52 U/L、ALP 211 U/L(基準38~113)、T-P 6.3 g/dL、Alb 3.7 g/dL、BUN 112 mg/dL、Cr 7.43 mg/dL、IgG 296 mg/dL(基準870~1700)、IgA 22 mg/dL(基準110~410)、IgM<5 mg/dL(基準33~190)。血液ガス分析ではアシドーシスなし。尿検査所見:pH 5.0、比重1.015、蛋白(1+)、糖(-)、ウロビリノーゲン(±)、ケトン体(-)、ビリルビン(-)、潜血(3+)、白血球(1+)、T-P 386 mg/dL、糖0.022 g/dL、Cr 91.4 mg/dL、Ca 30.9 mg/dL、T-P/Cr 4.22 g/g・Cr。尿沈渣:赤血球<1/視野、白血球10~19/視野、扁平上皮1~4/視野、尿路上皮細胞<1/視野、尿細管上皮細胞1~4/視野、細菌(-)
単純胸腹部CTでは活動性病変を認めず。

問題
さらなる精査として有用なものはどれか。2つ選べ。
(a)眼底検査
(b)尿免疫電気泳動
(c)腰椎穿刺
(d)レノグラフィー
(e)骨髄検査

(類題2016年認定内科医試験、総合内科専門医試験、2018年総合内科専門医試験)

解説
ぼんやりされていて下肢の脱力もあって身体が動かせなくなっており、特に脳血管障害を疑わせる所見はない。血液検査では明らかに血中Ca濃度が高く、これが意識障害の原因ではないかと疑える。Caの実測値は17.8 mg/dLであるが、生理学的に重要な血中Caイオンは技術的に測定困難であり、通常は血清Albが4 g/dL未満の場合は補正血清Ca値として実測Ca値(mg/dL)+4-血清Alb(g/dL)として計算される。今回の症例では17.8+4-3.7=18.1 mg/dLとなり、かなりの高Ca血症である。血中Ca濃度は軽度上昇にとどまる時には無症状であるが、12 mg/dLを超えると、詳細に問診すると情緒不安定などわずかな症状に気づかれる。意識障害のほか、高Ca血症は食欲不振と利尿をきたして脱水を誘発し腎血流が低下することや集合管での水再吸収障害が生じることによって腎機能障害を伴い、これが更に高Ca血症を悪化させるという悪循環に入ることが多い。特に急激な血清Caの上昇があった場合は、意識障害や急性腎不全を生じるなどあきらかな症候性高Ca血症となり、原因精査と血清Ca値の補正など救急対応を要しする。ちなみに治療としては①十分な生理食塩水輸液(+必要に応じてループ利尿薬)、②原因薬剤の中止、などが初期対応の主体となるが、重症例にはカルシトニン製剤やビスホスホネート製剤の使用も考慮される。
今回の症例では病的圧迫骨折の既往、高Ca血症、腎不全の検査データなどを考慮すると、多発性骨髄腫の可能性を第一に考える。そこでIgG、IgA、IgMなどの免疫グロブリン分画に注目すると、3つとも著しく低下しており、産生が抑制されているようである。例えばIgG型の多発性骨髄腫の場合は、IgGを産生する単一クローンの異常形質細胞である骨髄腫細胞が増殖する。このためしばしばT-Pが高く、Albが低下する蛋白アルブミン乖離が起こり、蛋白のうちわけとしてはγ-グロブリン分画が高く、さらにその免疫グロブリン分画をみると、M蛋白であるIgGが異常に高値で、他の免疫グロブリンIgA、IgMなどの産生が抑制され低値をとる。同様にIgA型多発性骨髄腫ではIgAの異常高値と他の免疫グロブリンの産生抑制がみられる。しかし、免疫グロブリン軽鎖であるBence Jones蛋白のみが過剰に産生されるBence Jones型多発性骨髄腫の場合は、すべての免疫グロブリンの産生が抑制される。今回の症例では蛋白もアルブミンも低下し、免疫グロブリンがすべて低下しており、骨髄腫を疑うならばBence Jones型が最も考えやすい。Bence Jones蛋白は免疫グロブリン軽鎖という小分子であるため容易に糸球体基底膜を通過し、尿細管へと移行する。その後、この軽鎖は近位尿細管で再吸収されると炎症性サイトカインが惹起されて間質性腎炎が生じる。また近位尿細管で再吸収されなかった軽鎖は、ヘンレループでここから分泌されるTamm-Horsfall蛋白と結合したのち、遠位尿細管や集合管を閉塞させcast nephropathyという病態を起こしうる。これが骨髄腫腎と呼ばれるものである。今回の症例では、このような機序に前述した高Ca血症による腎障害も加わり、複数の機序で腎不全が進行したと考えられる。
さらに尿蛋白に注目すると、今回の尿蛋白定性では1+と提示されており、これはおよそ、30~99 mg/dLとされており、0.03~0.099 g/dL=0.3~0.99 g/Lなので、1日に1~1.5 Lの尿量と考えて、せいぜい0.3~1.5 g/日ほどの蛋白排泄量を表しているにすぎない。ところが実際に定量された尿蛋白は随時尿で尿蛋白/Cr=4.22 g/g・Crで、この随時尿でのCrで補正した値は、1日蛋白排泄量が4.22 g/日であることを意味しており、かなりのギャップがある。Bence Jones蛋白は定性試験にほとんど反応しないため、もしBence Jones型の多発性骨髄腫であれば、この乖離も説明できる。
さらなる精査は、もちろん骨髄検査による骨髄腫細胞の確認とBence Jones蛋白の証明である。特に後者については、通常のIgG型、IgA型などの場合は血清免疫グロブリン電気泳動法でM蛋白が検出されるが、Bence Jones蛋白は低分子量であるため容易に糸球体基底膜を通過してしまい、Bence Jones型の多発性骨髄腫の場合は血清の免疫電気泳動法では検出されにくく、尿の免疫電気泳動を行うことがポイントである。本症例では尿免疫電気泳動法でλ型のBence Jones蛋白が検出された(図1)。

図1:尿免疫電気泳動法。λ型のBence Jones蛋白が検出されている。

 

解答
(b)(e)

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