新型コロナウイルス感染者の治療にあたって

 新型コロナウイルスが外国で流行しだした頃は、この疾患がウイルス感染なので患者さんの体内の酸素が低くなれば酸素投与、また脱水が起これば輸液管理などの支持療法を行って回復を待つしかないのではないかと想像していました。細菌感染とはちがってウイルス感染なので抗生物質が効くわけでもなく、ウイルスに対する直接的な治療があるわけでもないため、救命できるかどうかは、ひとえにウイルスを排除するだけの体力が患者さんにあるかどうかが鍵だと思っていたわけです。正直なところ、このウイルスの特効薬ができないかぎり、あまり医師として自分は役に立てない領域なのではないかと想像していました。
 しかし、たちまちいろいろなことがわかってきました。ウイルス感染に対する身体の免疫反応が起こるなかで、過剰な免疫が強い肺実質の炎症を起こすため、これを適正なレベルまで是正することで、明らかに死亡率が減少するという結果が発表されました。特にこの成績は、酸素投与が必要となるような、ある程度進んだ患者さんで検証された結果です。そのような患者さんにはデキサメタゾンというステロイド剤によって過剰な免疫を抑えることができ、これが標準的な治療として確立されてきたのです。どの段階で使用を開始するか医師の考え方で差はありますが、私自身は、安静時の酸素飽和度が維持できていても体動時に顕著に下がるようになってきた時点で開始するようにしています。また過剰な免疫反応が起こってきていることが血液検査でうかがわれる患者さんには、少し早めに投与開始するようにしています。またこのウイルスは血栓形成傾向を起こす場合もあり、そのような場合には、血栓症による臓器障害を起こさないよう、ヘパリンという薬剤でこれを是正する治療を行います。さらに、これまで新型インフルエンザ治療薬として富士フィルムが開発していたファリピラビル(アビガン®)は新型コロナウイルスにも有効ではないかとされ、現状では保険未収載ながら多くの施設で使用され、エボラ出血熱などにもともと使用されていたレムデシビル(ベクルリー®)は重症の新型コロナウイルス感染症に保険適応が認められたため、抗ウイルス作用を有する治療薬にも選択肢が出てきました。確かにこの疾患の予後は患者さんの回復力にかかっている面は大きいとは思いますが、このような治療ができることで、私は医師としてこの疾患を直していっているという実感を持っています。
 考えてみれば、コロナが流行してからは、これほど報道番組で医療従事者の行動がたたえられ、応援のエールを送ってくれているような風潮は、私の記憶にある範囲ではこれまでになかったような気がします。連日高熱が出て、止まらない咳嗽、呼吸も苦しくなってきて、という状況で入院されてきた時点では、患者さんはひょっとして自分は死ぬかもしれないと不安を抱えておられることも多く、状態がよくなって退院される時には、涙を流してお礼をおっしゃってくださる方も多いです。これはまさに、今のコロナの時代に医師として私が働いていたからこそ経験できることであり、まことに医者冥利につきる感があります。人間の短い一生の中で、たまたまこの時代に、コロナと闘う機会が与えられたこと、これが、私がこの世に生をうけて生まれてきて少しでも世の中の役に立ったと思えたひとつになればと思っています。
 江戸時代、鎖国の中で、ほんのわずかなオランダからの書物を手掛かりにして一生懸命日本の医学の興隆につとめてきた蘭学者が多くいます。そのころはコレラも流行していました。何もかもはじめてのことばかりの中で、いろいろと模索しながら医学の進歩に寄与した人たちでした。日本史好きの私は、彼らの話を読むと、尊敬の念に堪えません。今、このコロナとしっかり闘って、いつかあの世にいったときには、江戸の蘭学者たちの前で、是非、胸をはって、「コロナというやっかいな疾患が大流行したんですが、みんなで終息させたんですよ」と報告できればと思っています。

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