病魔大王の戦国武将討伐 第3話

病院からの依頼で4回の連載物を書いておりますが、早いものでもう3回目になります。今回は、大河ドラマでも有名になり長岡京市とも縁の深い明智光秀を採り上げます。天下統一を目の前にした織田信長を本能寺の変で攻め滅ぼしたことで有名な武将です。

54歳になった明智光秀は、本能寺の変の数年前から毎晩悪夢に見舞われていました。悪夢に出てくるのは絶えず監視している巨大な信長です。光秀が休息をとろうとすると、頭上から信長が鬼の形相で踏みつけてくるのです。大声を出して目がさめる、そんな日々が続いていました。昼間には、戦で殺された人たちが目の前に次々と現れる幻覚をみることもしばしばあり、一生懸命払いのけようとしてようやく幻覚と気付くのでした。悪夢や幻覚に悩まされ、光秀はやがて信長に対して敵意を持ち始めました。
そんな中、信長と忠実に同盟を結ぶ徳川家康を安土に招き、最高のもてなしをするため、歓待役に光秀を指名しました。そして、光秀がとりそろえた美味の品が並べられ、その部屋に信長が家康を連れて入ってきた時です。部屋の中には魚の腐った臭いが漂っていたのです。信長の血相が変わりました。「光秀、この臭いはなんじゃ。」「いや何も臭いませぬが?」と、光秀はきょとんとして答えました。激怒した信長は、光秀を足蹴りにしたうえで接待役を解任し、領地は召し上げ、秀吉の傘下に入って中国攻めを助けよ、と指示したのです。
なぜ領土を取り上げられるのか、なぜ秀吉の指揮下に入るのか。光秀の心の中には信長に対する謀反の衝動がふつふつとわき始めました。謀反が吉と出るか凶と出るか、光秀は神社でおみくじをひくことにしました。光秀の前には3つの折りたたまれた紙がありました。真ん中のくじを引こうとした光秀でしたが、なぜか取ってみると右側のくじを引いてしまっています。「真ん中をとったつもりだか、、、」そう思った光秀は、「このくじはわしの引きたかったくじではない。もう一度引き直しじゃ。」結果は3度ひいていずれも「凶」。3度も引かれるとは、いったい殿は何をしようとされているのでだろうと家臣はうわさしました。
「殿、気を変えて笹ちまきでもいかがでしょうか。近くの評判の店から手に入れてまいりました。」落胆していた光秀でしたが、「そうじゃな」と言って家臣の持ってきた笹の葉に包まれ、ひもでくくられていた笹ちまきを手にとりました。光秀はしばらく笹ちまきを手にして見つめていましたが、おもむろに、笹ちまきのひもをほどくこともなく、笹の葉を開けることなく、包まれたままの笹ちまきをそのまま口の中に入れてしまったのです。家臣は、この不可解な行動をみて、かける言葉を失いました。
すでに光秀の精神状態は極限にきていました。中国攻めに出発するため夕刻に亀岡をでた光秀は、老の坂で東へと行路を変更し、信長がわずかの手勢とともに宿泊していた本能寺に向かいました。ここに光秀の謀反は成功し信長の天下統一の野望は消えたのです。なお、悪夢や幻覚の内容は想像によるものですが、光秀に関する今回描いた不可解な逸話はすべて記録に残っているものです。
さて、ここは天上の病魔大王の館。戦いにあけくれる日本の様子を、天上から眺めながら、病魔大王は息子の病魔童子と酒を酌み交わしています。「昨日は、光秀が謀反を起こしたようですが、父上はまた何か細工をされたのですか?」と息子に聞かれると、病魔大王は答えました。「あれはわしが細工する前に、病魔にむしばまれておった。レビー小体型認知症じゃよ。優秀な大名だったがのう。」そして、光秀の行動を振り返って、説明し始めました。

さてここまで読まれたみなさんへ病魔大王からのメッセージです。今回はレビー小体型認知症についてです。明智光秀がレビー小体型認知症だったのではないかというのは最近の説ですが、本当のところはわかっていません。ただ以下の説明を読んでいただければ、光秀はそうだったかもと考えられる理由がよくわかると思います。一般に認知症はアルツハイマー型認知症(認知症の50%)、レビー小体型認知症(認知症の20%)、脳血管性認知症、などに分類されています。レビー小体型認知症はレビー小体という異常たんぱく質が作られ、これが脳に蓄積して生じる認知症です。認知症というと物忘れというイメージが強いですが、レビー小体型では記憶をつかさどる海馬という脳の領域は初期には保たれ、かわりに以下の様な特徴的な症状が現れます。
1)幻視:視覚をつかさどる後頭葉が障害され見えないものがみえ、大声を出して追い払おうとするような行動がみられます。すでに光秀の日常でしばしばみられていました。
2)レム睡眠障害:一般に睡眠は、深い睡眠に入るノンレム睡眠と夢をみている浅い睡眠であるレム睡眠が交代で現れます。レム睡眠中に大声を出す、暴れる、ねぼけているのではなく非常に具体的な行動やはっきりした寝言がでたりするなどの症状が出現します。光秀は毎夜悪夢に悩まされ、これが信長への憎悪につながっていきました。
3)嗅覚障害:脳内で嗅覚をつかさどる嗅球にレビー小体が蓄積すると嗅覚障害が生じ、レビー小体型認知症では頻度が高いと言われています。光秀の嗅覚障害が信長の激怒をかったきっかけでした。
4)実行機能障害:実行機能とは、物事を論理的に考えて計画を立てて実行することです。笹ちまきを食べるためにはまずひもをほどき、1枚目の笹をはがし、2枚目の笹もはがしてもちを食べることができます。このような順序でやろうと瞬時に計画して行動にうつれない、だから光秀は一瞬考えた末に、そのまま笹ちまきを食べた可能性があります。例えば、夕飯にこれを作ろうと考える、家には何があるかをチェックする、足りないものは何かを考える、それを買いに行く、などと複数の行動を計画的にやることが難しくなるのです。普段と違う予想外の出来事に対して、順序だてて他の手段を計画することもできなくなります。国を取り上げられ、どうしてよいかわからず、光秀の暴走が起こりました。
5)視空間認知障害:物の距離感、形状、位置関係などをすばやく把握することが困難になります。実際の例では描画や運転(例えば車庫入れ)が下手になった、などの訴えがみられます。真ん中のくじを取りに行こうとして右側のくじを取ってしまったのはこうしたことだったのかもしれません。
レビー小体型認知症は早期発見できれば有効な薬物があるので症状の進行を止めたり改善したりします。本人は気づきにくいため、周囲の方の中にこのような症状を訴えている方がおられるようなら、神経内科、総合診療内科などの受診をお勧めします。

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