眼瞼と下顎部の腫脹

問題31

64歳の男性。眼瞼と顎下部の腫脹を主訴に来院した。

現病歴:3か月前頃から両側下顎部腫脹を自覚した。近くの耳鼻咽喉科で超音波検査や精査を受けられて精査を勧められて来院された。。

現症:身長 171 cm、体重 63 kg。血圧 104/71 mmHg、脈拍 88/分、不整。体温 36.5℃、Spo2 95%。皮膚、可視粘膜に貧血、黄疸を認めず。両側上眼瞼の腫脹と、両側耳下腺および顎下腺の腫大とを認める。肺野は両側清、病的心雑音聴取せず。腹部は平坦、軟、腫瘤触知せず。下肢に浮腫なし

検査所見:尿所見:蛋白(—)、糖(—)、ウロビリノーゲン(±)、ビリルビン(—)、ケトン体(—)、潜血(—)、白血球(—)、沈査:赤血球1~2/視野、白血球 2~3/視野。血液所見: 白血球7200/μL(好中球53.0%、リンパ球21.0%、単球 9.0%、好酸球17.%)、赤血球451万/μL、Hb 13.7 g/dL、Hct 41.4%、血小板17.0万/μL、血沈54 mm/h。血液生化学所見:TP 10.0 g/dL、Alb 3.4 g/dL、Na 137 mEq/L、K 3.5 mEq/L、Cl 103 mEq/L、Ca 8.9 mg/dL、AST 17 U/L、ALT 6 U/L、ALP 253 U/L、アミラーゼ 156 U/L、BUN 13 mg/dL、Cr 0.90 mg/dL、CRP 0.19 mg/dl、IgG 4272 mg/dl(基準895~1779)、IgG4 1110.0 mg/dL(基準4.8~105)、非特異的IgE 318 IU/mL(基準<170)、抗SS-A抗体<2.0 U/mL、抗SS-B抗体<2.0 U/mL

腹部単純CTでは異常を認めず。

眼窩部MRIを示す。

確定診断するための検査はどれか。1つ選べ。

(a)ACE測定

(b)PET-CT

(c)胸腹部造影CT

(d)Gaシンチ

(e)唾液腺生検

解説(オリジナルは『Dr.Tomの内科症例検討道場』第3版 症例178)

 両側上眼瞼腫脹と、顎下腺と耳下腺の腫大があり、シェーグレン症候群を疑わせるが抗SS-A抗体、抗SS-B抗体とも陰性である。まず眼窩部MRIでは両側涙腺が腫大しており(図1)、眼瞼腫大は涙腺の炎症に由来するものと考えられる。眼瞼、唾液腺両者の腫脹をきたすような疾患を考えるべきところである。CRPは0.19 mg/dl であるが血沈54 mm/hと亢進している。TP 10.0 g/dl、Alb 3.4 g/dlなどからγ-グロブリンが高いのではないかと思われ、さらにデータをみるとIgG、とりわけIgG4が顕著に上昇している。そこでIgG4関連疾患(IgG4-related disease; IgG4-RD)を考える。これは、血清IgG4が高く、IgG4産生形質細胞浸潤と線維化によって、さまざまな臓器や部位にびまん性あるいは限局性腫大、腫瘤形成、結節形成、肥厚性病変などを呈する慢性疾患の総称である。特に高度に障害される部位は涙腺、唾液腺、膵臓、腎臓、後腹膜・大動脈周囲、の5カ所である。60~70歳の男性に多く、同じ時期に複数の部位に病変がみられる場合や、経過とともに時期がずれて多発病変となることもある。今回の症例は、涙腺唾液腺炎(ミクリッツ病)と考えられる。確定診断をつけるうえで重要な検査は、罹患組織の病理学的検索であり、今回の症例では唾液腺生検が行われた。その結果、小唾液腺に慢性炎症所見があり、リンパ球の強い浸潤のほか多数の形質細胞が浸潤しており(図2:明瞭なものは青矢印、そのほかにも散見)、この形質細胞にはIgG産生細胞が多数みられた(図3)。

図1:眼窩部単純MRI。(a)T1強調画像、(b)T2強調画像。涙腺の腫大がみられ(矢印)、T1強調、T2強調いずれも低信号を呈している。

図2:口唇から採取した小唾液腺(HE染色)。小唾液腺に慢性炎症所見があり、リンパ球の強い浸潤のほか多数の形質細胞が浸潤している(明瞭なものは青矢印、そのほかにも散見)。

図3:IgG4免疫染色。形質細胞にはIgG産生細胞が多数みられた。

以下に、IgG4-RDの包括診断基準とIgG4-ミクリッツ病(IgG4関連涙腺唾液腺炎)の診断基準を提示する。

IgG4関連疾患包括診断基準

  1. 臨床的に単一または複数臓器にびまん性ないしは限局性腫大、腫瘤、結節、肥厚性病変
  2. 血清学的に高IgG血症(135 mg/dL以上)
  3. 病理組織学的に以下の2つ
    1. 著明なリンパ球と形質細胞浸潤と線維化
    1. IgG4陽性形質細胞浸潤(IgG4陽性細胞/IgG陽性細胞>0.4かつIgG4陽性細胞>10個/強視野)

1+2+3:確定診断群、1+3:準確診群、1+2:疑診群

可能な限り組織診断を行い、他の疾患との鑑別を行う。具体的には悪性疾患として癌、悪性リンパ腫など、類似疾患としてシェーグレン症候群、原発性硬化性胆管炎、Castleman病、二次性後腹膜線維症、サルコイドーシス、多発血管炎性肉芽腫症、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、などの鑑別を行う。

IgG4関連涙腺唾液腺炎(IgG4-ミクリッツ病)の診断規準

  1. 3か月以上続く、涙腺、耳下腺、顎下腺の2領域以上の対称性腫脹
  2. 血清IgG4高値>135 mg/dL
  3. 病理組織では特徴的な組織の線維化と硬化を伴い、リンパ球とIgG4陽性形質細胞の浸潤を認める(IgG4/IgG>0.5)

1+2または1+3で診断する。

今回の症例ではIgG4 1110.0 mg/dlと、著しく高値を呈していた。眼瞼腫脹と唾液腺腫大はちょうど3か月前からあるとのことであり、上記いずれの診断基準も1と2を満たすことになる。そこでいずれの診断基準でも3 は組織診断ということになるため、耳鼻科で唾液腺生検を施行していただいた。その結果、図2、3に示すようにIgG4関連唾液腺炎と組織学的にも診断された。さらに眼科では大学病院にて涙腺生検を行っていただき、こちらもIgG4関連涙腺炎であることも確定診断していただいた。以上よりIgG4-ミクリッツ病(IgG4関連涙腺唾液腺炎)と確定診断された。

 治療としては基本的にステロイドが中心となる。プレドニゾロン(プレドニン®)0.6mg/kg/日を2~4週投与し、その後3~6ヶ月かけて5 mg/日まで減量し、5 mg/日(から10 mg/日)で維持する。プレドニゾロンに対する反応性は良好なことが多く、炎症性腫瘤の縮小と血清IgG4の低下が認められる。プレドニゾロンを漸減していくと、再燃を見ることが多く、維持量を続けるよう推奨されている。高度線維化を伴っていると治療に反応しにくい。今回の症例では、約2週間のプレドニゾロン35 mg/日投与により著しく唾液腺の腫大や眼瞼腫脹も消失した。

解答  (e)

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