胃腸炎かと思っていたら

問題50

65歳の女性。

現病歴:5日前より38℃の発熱、咳嗽、喀痰を認めた。4日前、近医初診。この時、白血球6400/μL、BUN 21.3 mg/dL、Cr 0.89 mg/dL、血糖96 mg/dLであった。内服薬処方され3日前に、解熱するも、食欲低下、下痢が出現した。2日前、下痢が悪化し、嘔吐も出現した。昨日近医再診し点滴され内服薬処方されるも嘔吐持続するため、本日朝、救急受診された。現症:意識レベルJCSⅡ-10、血圧 126/74 mmHg、脈拍 121/分、体温 36.7℃、呼吸 28/分、体格:身長158 cm、体重48.2 kg、胸腹部に異常を認めず。

検査所見:血液所見:白血球21000/μL、赤血球438万/μL、Hb 13.7 g/dL、Hct 45.5%、血小板40.9万/μL。血液生化学所見:CRP 7.59 mg/dL、空腹時血糖1443 mg/dL、Hb A1c 6.4%、Na 121 mEq/L、K 7.3 mEq/L、Cl 82 mEq/l、BUN 47.2 mg/dL、Cr 1.98 mg/dL、LDH 252 U/L、AST 38 U/L、ALT 84 U/L、ALP 578 U/L、CPK 217 U/L、Amyl 489 U/L。尿所見:蛋白(±)、糖(±)、ケトン体(2+)

最も考えられる疾患はどれか。1つ選べ。

(a)急性膵炎

(b)清涼飲料水ケトーシス

(c)2型糖尿病

(d)劇症1型糖尿病

(e)急性発症1型糖尿病

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例7)

 尿中ケトン体が2+で呼吸数が増加しておりケトアシドーシスが生じている可能性(実際の動脈血ガス分析ではpH 7.26、Po2 107 Torr、Pco2 Torr、HCO3 10.6 mEq/L、BE -18.4 mEq/Lだった)を考える。著明な高血糖がみられており糖尿病性ケトアシドーシスと考えられる。4日前の近医での血糖が94 mg/dLであったのに、救急受診時に1443 mg/dLと著明な高血糖になっていること、また救急受診時のHbA1cは6.4%であること、などから高血糖は急速に出現し、発症から5日間でケトアシドーシスをきたしたと思われる。このように糖尿病症状発現後1週間前後以内でケトーシスあるいはケトアシドーシスに陥っており劇症1型糖尿病の発症経過と考えられる。1型糖尿病はその発症経過から緩徐進行型、急性発症型、劇症型の3型に分類される。急性発症1型糖尿病は高血糖症状の発症から3か月前後でケトーシス、ケトアシドーシスに陥るのに対し、劇症1型糖尿病は1週間前後と急速な経過をとってケトーシス、ケトアシドーシスに陥る。以上のように、劇症1型糖尿病の特徴としては、1)発症時に著明な高血糖を呈するが、HbA1cの上昇は軽度にとどまること、のほかに、2)発症時にはすでにインスリン分泌は枯渇している、3)アミラーゼなどの膵外分泌酵素の上昇も認められる、4)膵島関連自己抗体は原則として陰性、5)前駆症状として胃腸症状や感冒症状などがみられる、などが挙げられる。今回の症例では3)や5)もみられており、のちに尿中C-ペプチドも低値であることが判明したので2)も確認し、さらに4)についても判明した。

 以下に、劇症1型糖尿病の診断基準をあげておく。下記1~3のすべての項目を満たすものを劇症1型糖尿病と診断する。1.糖尿病症状発現後1週間前後以内でケトーシスあるいはケトアシドーシスに陥る(初診時尿ケトン体陽性、血中ケトン体上昇のいずれかを認める。2.初診時の(随時)血糖値が288 mg/dL以上であり、かつHbA1c値<8.5%である。3.発症時の尿中C-ペプチド<10 mg/日、または、空腹時血清C-ペプチド<0.3 ng/mL かつ グルカゴン負荷後(または食後2時間)血清C-ペプチド<0.5 ng/mL である。参考所見:A)原則としてGAD抗体などの膵島関連自己抗体は陰性である(全国調査では5%の症例で陽性であったがいずれも低抗体価であった)。B)ケトーシスと診断されるまで原則として1週間以内であるが、1~2週間の症例も存在する。C)約98%の症例で発症時に何らかの血中膵外分泌酵素(アミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼⅠなど)が上昇している。D)約70%の症例で先行感染症状(発熱、上気道炎症状、消化器症状など)を認める。E)妊娠に関連して発症することがある。治療は、十分な輸液と速効型インスリンの持続投与による血糖コントロールによる全身状態の改善をはかり、その後は強化インスリン療法、最近では、インスリンポンプなども行われている。

 診断が遅れて死亡にいたった症例も報告されている。もし単なるウイルス感染だろうし、近医での血糖値は正常なので1本点滴でもして自宅に帰って様子をみてもらおうか、と考え、採血検査もせず、血清K値や血糖値も測らなかったら、次に搬送されてきたときはCPA状態かもしれない。その意味で、こうした1型糖尿病の病型があることをしっかり認識しておくことが大切である。

解答:(d)

Follow me!