若年者の口渇と体重減少

問題55

29歳の男性が口渇と体重減少を主訴に受診した。

既往歴:特記事項なし、家族歴:糖尿病なし

現病歴: 11か月前から徐々に体重が9 kg減少し、4か月前より口渇を強く覚えていたが、倦怠感もなく放置していた。2日前の職場健診にて尿糖を指摘され、近医受診し、血糖値544 mg/dL、HbA1c 14.0%と高血糖を認めたため本日当院受診となった。

現症:身長:164 cm、体重:48.4 kg、BMI:18.0kg/m2 。意識清明、血圧95/69 mmHg、脈拍72/分、整。体温36.3℃。胸・腹部に異常なし。四肢に浮腫なし。神経学的に特記事項なし。

検査所見:尿検査:pH 6.0、蛋白(±)、糖(2+)、ケトン体(1+)、潜血(-)。血液所見:白血球4400/μL、赤血球505万/μL、Hb 16.0 g/dL、Hct 46.9%、血小板14.0万/μL、血液生化学所見:Alb 3.9 g/dL、Amyl 55 U/L、CPK 84 U/L、BUN 15 mg/dL、Cr 0.83 mg/dL、FBS 238 mg/dL、HbA1c 14.2%、免疫血清学的所見:CRP<0.03 mg/dL。

本患者の対応として誤っているものを選べ。

(a)腹部CT検査

(b)抗GAD抗体の測定

(c)血中C-ペプチド測定

(d)インスリン治療開始

(e)SU薬の投与

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例95)

 まず糖尿病患者をみた場合、高血糖の原因が、患者のインスリンの絶対的な不足によるのか、それともインスリンはむしろ過剰に分泌されているにもかかわらずその効果が低下している(インスリン抵抗性)ことによるのか、という視点をもつことが、治療方針を考えるにあたっても重要である。通常、インスリン抵抗性が主体の典型的な患者の場合はインスリンが過剰分泌されており、その作用により肥満傾向にある。しかし、インスリンが絶対的に不足している患者では肥満はない。今回の患者についても、体重が減少する前の57.4 kgをとってみてもbody mass index (BMI)は57.4/(1.64)2=21.3であり全く肥満がない。さらに当院受診時にはさらに体重が減少している。もちろん2型糖尿病でもともと肥満があり、インスリン抵抗状態にあった患者が長年の経過で高齢となった時点で膵ラ氏島も萎縮しインスリンが低下してくる場合はあるが、今回の症例は若年でもともと肥満もない患者に高血糖が指摘されており、尿所見ではケトン体が出ているなどケトアシドーシスも示唆する所見があることから、1型糖尿病ではないかと疑うべき症例である。そこで血中C-peptideの測定による内因性インスリンの枯渇の証明、さらに膵ラ氏島自己抗体が持続陽性であることを証明するため抗GAD抗体の確認、である。体重減少が発症した時点から、受診まで1年弱かかっており、発症初期の血糖値やインスリン分泌能などは不明ながら、緩徐進行型インスリン依存性糖尿病(slowly progressive insulin-dependent diabetes mellitus; SPIDDM)が最も疑われる。インスリンの絶対的不足であり、インスリン治療が基本となり、SU薬は適切ではない。また体重減少をきたす他の疾患を否定するために腹部CT検査によるスクリーニングはしておきたい。

 1型糖尿病は、その臨床経過から、現在、急性発症1型糖尿病、劇症1型糖尿病、緩徐進行1型糖尿病(SPIDDM)の三つの亜型に分類されている。劇症1型糖尿病はすでに問題50でとりあげた。急性発症1型糖尿病は、症状出現から3ケ月位の間にインスリン療法を必要とする糖尿病であり、1型糖尿病の典型例と言える。SPIDDMは、当初は食事や経口血糖降下薬のみで治療が可能な2型糖尿病の病態を呈するが、膵ラ氏島自己抗体が持続陽性で、緩徐にインスリン分泌能が低下し、6ケ月以上、通常数年の経過で最終的にインスリン依存状態となる糖尿病、と定義される。今回の症例は、もともと肥満のない比較的若い患者で、11か月前から体重が減少し始め、4か月前には口渇はあったが、倦怠感もなく、無治療で経過されていたわけであり、この頃まではなおインスリンがある程度分泌できていたのではないかと思われる。当院受診2日前の健診で尿糖を指摘され、精査のうえ糖尿病と診断された時点ではすでに内因性インスリンは低下し、インスリン依存状態となっており、かつ抗GAD抗体陽性であり、体重減少が始まってインスリン依存状態が判明するまで6ケ月以上の経過も含めて考えるとSPIDDMと考えられる。

 今回の症例は、発症初期に治療を開始していたわけではないが、一般にSPIDDMの初期にはSPIDDMか2型糖尿病か迷う時期がある。そのような時点でのデータのうち、インスリン依存状態に移行する可能性を最もはっきり予知できる因子は抗GAD抗体であり、これが10 U/mL以上の患者はインスリン依存状態へ進行しやすいが、10 U/mL未満の患者はあまりインスリン依存状態へは進行しないと報告されている。また治療についても、インスリンの早期導入は、特にGAD抗体が10 U/mL以上で内因性インスリン分泌が残存している症例でインスリン分泌能の低下やインスリン依存への進行を有意に抑制することが判明した。従って、抗GAD抗体が10 U/mL以上の症例ではSPIDDMの可能性を考え、SU剤の使用は避け、強化インスリン療法でインスリンを早期に導入することが望ましいとされている。

解答:(e)

実際の症例では

当院受診時の内因性インスリン値(IRI)は2.0 μU/mL、血中C-peptideは0.63 ng/mLと低く(これらの値はかならず絶飲食の値を測定しなければいけない)、尿中C-peptideも 26.4 μg/dayと低値であったため、インスリンは絶対的に不足していることが判明した。また抗GAD抗体1540 U/mLと陽性だった。今回の症例では、本来は持効型インスリン1回、超速効型インスリン3回の計4回うちで強化インスリン療法をすすめたいところであったが、患者の希望もあり、まずは混合型インスリン2回うちにボグリボース併用で退院させた。

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