長期にわたる喀痰と咳嗽

問題93
73歳の女性。喀痰と咳嗽を主訴に受診した。
既往歴:11年前に右乳癌と診断され6年前に右乳房切除術施行。術後放射線療法、化学療法施行されている。喫煙歴なし。
現病歴:乳癌の術後、放射線療法終了後から喀痰や咳嗽が少し出たり軽快したりして、長期にわたっており、精査加療を希望されている。
現症:血圧125/56 mmHg、脈拍95/分、体温36.8℃、Spo2 98%。肺野清。
検査所見:血液所見:白血球3000/μL、赤血球418万/μL、Hb 13.4 g/dL、Hct 38.2%、血小板8.3万/μL、血液生化学検査:T-P 7.7 g/dL、Alb 4.2 g/dL、LDH 216 U/L、AST 27 U/L、ALT 13 U/L、BUN 19 mg/dL、Cr 0.68 mg/dL、CRP 0.04 mg/dL。
喀痰塗沫検査:Ziehl-Neelsen染色陽性。喀痰結核菌PCR検査陰性。
1年前と今回の胸部単純CTを示す。

1年前の胸部CT

今回の胸部CT

この疾患の起炎菌で、本邦で最も多いものはどれか。
(a)Mycobacterium tuberculosis
(b)Mycobacterium leprae
(c)Mycobacterium abscessus
(d)Mycobacterium avium complex
(e)Mycobacterium kansasii

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例332として扱ったもの)
 1年前のCTをみると、右肺中下葉に周囲とのコントラストの高い粒状影ないし小結節影があり、一部に気管支拡張を伴っている(図1)。今回のCTではさらに陰影の増加があり、活動性の病変があるものと考えられる。浸潤影で炎症性病変とは思われるがかなり長期にわたってわずかに変化していることがうかがわれる(図2)。画像の特徴と緩徐な経過から考えると、非結核性抗酸菌症(non-tuberculous mycobacterium;NTM)に比較的特徴的な所見がそろっている。喀痰塗沫でZiehl Neelsen染色陽性であるということで、抗酸菌感染と考えられるが、結核菌PCR検査陰性であり、NTMの可能性が高い。本邦でNTMのうち最も頻度が高いのはMycobacterium avium complex(MAC)である。

図1:1年前の胸部CT。右肺中下葉に周囲とのコントラストの高い粒状影ないし小結節影があり(黄破線枠内と青破線枠内)、一部に気管支拡張を伴っている(青破線枠内)。

図2:今回の胸部CT。さらに陰影の増加があり、活動性の病変があるものと考えられるが、かなり緩徐に変化していることがうかがわれる。

 結核菌とらい菌を除いた抗酸菌を非結核性抗酸菌(NTM)と呼ぶ。NTMは環境中(土壌、環境水や水道水、豚などの家畜)に広く存在するため、喀痰の塗沫で検出されたからといって、すぐに非結核性抗酸菌症と診断せず、異なった2回以上の喀痰検体で、NTMを検出することが診断に必要とされている。ヒト-ヒト感染はないため、外来診療が可能であり、排菌していても隔離対象ではない。数年~10数年かけて慢性肉芽腫性病変が緩徐に進行するのが一般的な経過である。NTMは多種ある中で本邦では70~80%はMAC症(Mycobacterium avium complex)、すなわちM. avium、M. intracellulareであり、20%がM. kansasiiである。
肺MAC症はCT画像所見から①気管支拡張型、②結核類似型、③Hot tub lung、④全身播種型の4型に分類されているが、③は稀で、④はAIDS患者など特殊な条件下で認められるので、主に①と②が本邦では多い。①、②、④の特徴をあげる。
●気管支拡張型(中葉舌区型)
右中葉と左舌区で両側性発症することが多く、気管支拡張を伴う多発小結節を認める。基礎疾患のない喫煙歴のない中高年女性に多い。喀痰や血痰などを呈するが、症状の少ない症例が、最近のCTや気管支鏡検査で診断される機会が増え、本邦ではこの病型が増加傾向にある。多くの症例では次第に周囲の肺葉に病変は拡大する。
●結核類似型(空洞形成型)
肺尖部に好発し男性の喫煙者男性に多い。周囲に散布性病変を伴う結節影あるいは空洞病変として認められる。喀痰、血痰で発症する。以前は、陳旧性肺結核をベースに発症したと考えられる病型が多かったが、最近はその病型は減少している。M. kansasiiによる非結核性抗酸菌症も同様の画像所見をとる。
●全身播種型
AIDSなど重症免疫不全者に生じる。喀痰。血痰などを生じるが、胸部画像所見では肺野に異常を認めないことが多く、血行性播種による縦隔リンパ節腫大が認められる。肝、脾、骨髄、リンパ節などの全身に広がる。
治療開始は総合的判断に基づいて行われている。肺MAC症の2つの病型のうち, 空洞形成型は進行性であることが多く、診断されれば直ちに化学療法の適応であり、病変が限局していれば外科的に切除することが推奨されている。一方、気管支拡張型の病勢は、進行を認めないものから進行例まで様々であり、症状と画像所見に応じて治療開始時期が決定される。
 肺MAC症の治療は、リファンピシン(RFP)、エタンブトール(EB)、クラリスロマイシン(CAM)の3薬剤による多剤併用療法が標準治療であり、必要に応じてさらにストレプトマイシン(SM)またはカナマイシン(KM)の併用を行う。CAMは化学療法の中心となる薬剤であり、CAM耐性MAC症の治療は非常に困難となる。治療期間は、少なくとも排菌陰性化後1年間は継続するべきとされているが、治療終了後の再燃・再感染は頻繁に認められており、最適な化学療法期間をどうするかは今後の重要な課題である。

解答:(d)

実際の症例では
 問題を簡単にするため抗酸菌塗沫検査陽性陽性と提示したが、実際の症例では、抗酸菌塗沫検査は陰性で、4週培養でも陰性、8週培養でようやく陽性となり、PCR検査でMAC陽性と確定された。もちろん、問診を終え、胸部CTを見て、担当医はMAC症を疑っておられた。今回の症例では、緩徐に進行している病変と症状の継続などからRFP+EB+CAMの標準治療が開始された結果、自覚症状は改善して、特に副作用もなく経過している。

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