食事たべずに酒びたりで

問題13

71歳の男性。食欲不振と反応低下のため救急搬送された。

現病歴:アルコール依存症があった。食事摂取のかわりにアルコールを飲んですますこともみられていた。搬送前日から食欲不振、悪心あり。翌日トイレに行って帰ってこないため妻が様子を見に行ったところ反応がやや低下しており、救急要請された。

既往歴:糖尿病、高血圧、高脂血症で内服加療されている。

飲酒歴:最近では焼酎1.5合/日、以前は2~3合/日と自己申告、妻によるともっと多かったとのこと。

現症:意識レベルⅠ-2、身長165.5 cm、体重54.5 kg。血圧 126/51 mmHg、HR 105/分、整。体温 36.1℃。Spo2 97%(自発呼吸、room air)、皮膚可視粘膜に貧血・黄疸なし、心音、呼吸音に異常なし。呼吸やや深大性。腹部に異常を認めず。下肢に浮腫なし。

検査所見:尿所見:比重 1.030以上、pH 5.5、潜血(1+)、糖(-)、タンパク(±)、ケトン体(1+)、血液所見:簡易血糖測定で随時血糖値 164 mg/dL、Na 142 mEq/L、K 4.3 mEq/L、Cl 102 mEqL、動脈血ガス分析(自発呼吸、room air)pH 7.182、PO2 135.9 mmHg、PCO2 18.1 mmHg、HCO3 10.3 mmol/L

この時点で、投与するべきでないものを選べ。

(a)チアミン

(b)速効性インスリン製剤

(c)マグネシウム製剤

(d)生理食塩水

(e)ブドウ糖

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例103)

 本症例はアルコール性ケトアシドーシスの一例である。まず何といっても動脈血ガス分析でpH 7.182と著しいアシデミアがみられ、アニオンギャップ=Na―(Cl+HCO3)=140-(10.3+104)=25.7 mEq/L(正常値は12 mEq/L)と明らかに開大しており、さらに本症例では尿中ケトン体が陽性であることからケトアシドーシスと考えられる。ケトアシドーシスとしては糖尿病性ケトアシドーシスや飢餓によるものなどがあるが、本症のようなアルコール性ケトアシドーシスはあまり知られていない印象があるため、整理しておきたい。問診では、かなりアルコールに依存している状態が続いていたようであり、ろくな食事もせずにアルコールを飲んでいたような話であった。このように常時アルコールを飲んで、炭水化物などの通常の栄養摂取ができない状態が続くと、アルコールや飢餓がブドウ糖代謝に与える種々の経路をへてケトアシドーシスを起こすのである。

ここから先は、2つの主たる機序を提示するが、実際はさらに複雑な機序が考えられているので読み飛ばしてもかまわない。機序①:アルコール代謝はNADからNADHへの変換とカップリングによって、エタノール→アセトアルデヒド→酢酸へと代謝される。最終的には酢酸はアセチルCoAに代謝されるが、本来、アセチルCoAは健常な肝細胞では好気性代謝であるTCA回路をへて代謝が進む結果、ケトン体は生成されにくくなっている。ところがアルコール代謝が亢進していると、肝ミトコンドリアでのNADからNADHへの変換が活発に行われNADが枯渇(NADH/NAD比が増加)している。またTCA回路にもこのNADからNADHへの変換とカップリングする過程が必要なため、結局NADH/NAD比が増加している状況ではTCA回路がまわりにくく、アセチルCoAはケトン体の生成をうながす結果となる。機序②:アルコール依存や大酒により炭水化物が不足し、肝臓に貯蔵されているグリコーゲンが不足している状態がベースにある。これに加え、アルコール代謝自体によってもグリコーゲンは消費されるため、肝臓のグリコーゲンはますます枯渇し、糖新生も起こりにくく、低血糖が起こりやすい状態となる。これに対する生体の負のフィードバックとして膵臓からのインスリン分泌は低下し、インスリン拮抗ホルモンが増加することで、何とか低血糖が起こらないよう自己調整がはたらくものの、利用できるエネルギーを炭水化物で得られないため脂肪を分解させて、ケトン体の産生をさらに助長する。嘔吐や下痢による脱水状態はさらに病態を悪化させる。

ついでに補足すると、このNADH/NAD比が増加した状態では、ケトン体の中でもアセト酢酸(ACAC)からβ-ヒドロキシ酪酸(β-OHBA)へと代謝されやすいことがわかっており、糖尿病性ケトアシドーシスがβ-OHBA: ACACがほぼ3:1であるのに対してアルコール性ケトアシドーシスではβ-OHBA:ACACが7:1となる。尿ケトン体を検出する試験紙はACACを検出しているため、本疾患では偽陰性に注意が必要とされるゆえんである。実際、報告では尿中ケトン体の感度は糖尿病性ケトアシドーシスでは99%、特異度69%であるのに対して、アルコール性ケトアシドーシスでは感度45%しかない。

以上のように、アルコール依存と比較的飢餓状態にある患者では、①肝臓での糖新生を減少させ、②膵臓でのインスリン分泌を低下させ、③脂肪分解を亢進させ、④逆に遊離脂肪酸合成を促し脂肪酸酸化を障害する。このような複合的な結果として、最終的にケトン体産生が亢進する。したがってもともと食事もほとんど入っていないのに加えて、アシドーシスに伴う悪心も加わって、食事は全く入っておらず、血糖値は通常低値または基準範囲内であることが多いが、ベースに糖尿病がある患者の場合はインスリン分泌低下やインスリン拮抗ホルモンがはたらき、今回の問題文のように軽度高血糖となる場合もある。

以上、アルコール性ケトアシドーシスは、脱水を伴う、高度のブドウ糖欠乏状態(ブドウ糖がエネルギー源として使えないためやむをえず脂肪分解に至るほどの欠乏状態と理解する)であるが、ブドウ糖は、インスリン分泌を刺激し、脂肪分解やケトン体生成を抑制し、NADHからNADへの変換も促すため本病態を改善し、治療効果の実現を早める。このため通常の症例では、治療の基本は脱水の改善とブドウ糖の投与(5%ブドウ糖がよい)であり、これのみで12~24時間で軽快する。血糖値が高い場合も病態から考えて、300 mg/dl未満の場合、インスリンは使用しない。さらにアルコール依存や大量飲酒例ではビタミンB1の欠乏を伴っていることも多く、補充しないと脳症や神経障害、心不全の原因となる。またMgも欠乏していることが多く補充が好ましい。また、重症例については血液透析を考慮する。また、代謝性アシドーシスに炭酸水素ナトリウム(メイロン®)を投与する医師もいるが本薬剤は開大したアニオンギャップを減少させないため根本的な治療とはならず、またNa負荷にもなるため逆に有害であるとの考え方もある。以上の理由でアニオンギャップが開大した代謝性アシドーシスでの使用は推奨されておらず、原因の治療を最優先させることが基本である。中年男性の突然死症例の35%が、大酒家であり、剖検では脂肪肝のみで原因が同定できないことが多いとされ、アルコール性ケトアシドーシスが死因であった可能性を示唆している。

 アルコール性ケトアシドーシスの診断基準は以下の4項目である。1)血糖値<300 mg/dL、2)過量飲酒と悪心・嘔吐、3)アニオンギャップの開大、4)血清ケトン体陽性、5)他の病態で説明困難な代謝性アシドーシス。

解答:(b)

実際の症例では

問題を単純化するために随時血糖を164 mg/dLとした。しかし実際の症例では41 mg/dLで低血糖であった。ただちに50%糖液20 mlを投与し、意識障害は軽快したが、救急室では嘔吐が持続した。もし簡単に低血糖だと判断し、糖液を投与して意識がもどったので帰宅させると、患者はケトアシドーシスが残ったままの状態となる。ケトアシドーシスは、致命的な場合もあるため、最悪のシナリオは、次に受診された時には、CPAなどということもあるかもしれない。アルコール性ケトアシドーシスは、欧米では報告が多く、日本では以前はあまり報告がなかった。しかし、近年その報告事例は増え続けている。教科書にもあまり記載されていないわりに、遭遇する機会は今後増える可能性がある。

 ちなみにアルコール性ケトアシドーシスの場合、61%の症例で乳酸アシドーシスも合併しているとの報告もあるため、今回の症例ではケトン体だけでなく乳酸もアニオンギャップ開大に寄与しているかもしれない。参考までに今回の症例で乳酸は未測定、血中ケトン体はあとになって判明し、5869 μmol/L(正常28~120 μmol/L)と著明な高値であった。

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