腹部全体の痛みで来院

問題77
60歳の男性。一昨日夕食後から悪心、嘔吐、心窩部にはじまり腹部全体に痛みが広がってきたとの訴えで来院した。
現症:腸蠕動低下。腹部心窩部を中心に圧痛あり、筋性防衛あり。血圧 118/74 mmHg、脈拍91/分、体温37.1℃、Spo2 95%
検査所見:血液所見:白血球20800/μL、赤血球498万/μL、Hb 15.0 g/dL、Hct 44.9%、PLT 36.0万/μL、PT11.2 sec(80.4%、INR 1.12)、Fibrinogen 457 mg/dL、FDP 39.6 μg/mL。生化学所見:AST 21 U/L、ALT 32 U/L、ALP 351 U/L、LDH 346 U/L、AMY 815 U/L、BUN 20 mg/dL、Cr 0.88 mg/dL、Na 135 mEq/L、K 4.0 mEq/L、Cl 98 ,Eq/L、Ca 7.7 mg/dL、BS 178 mg/dL、CRP 20.15 mg/dL。
腹部造影CTを示す。

この疾患について初期対応として誤っているものを1つ選べ。
(a)発症早期には重症度判定を繰り返す。
(b)成因についての検索を行う。
(c)血液ガス分析によりアシドーシスの有無を評価する。
(d)尿量が低下した場合、輸液負荷よりも利尿剤投与を優先する。
(e)重症例では集中治療室での全身管理が必要となる。

解説(類似症例は『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例40で扱っている)
 今回の問題は問題16でも取り上げた急性膵炎の症例だが、重症例を中心とした基本的な知識のおさらいである。膵逸脱酵素であるアミラーゼが上昇し、腹部CTでは膵腫大と膵周囲に少量の液体貯留があり、膵周囲脂肪織濃度の上昇がみられるので、急性膵炎と診断できる。急性膵炎の病態は、種々の原因により膵酵素が膵内で活性化し、膵実質を自己消化することである。炎症が膵内にとどまる場合は軽症であるが、①トリプシンの活性化から、次々と消化酵素が活性化された結果、血管透過性も亢進し、血漿成分が血管外へと漏出すると循環血液量も低下したり、②傷害された膵組織から多量のサイトカインが血中に放出され全身性炎症反応症候群(SIRS)を惹起したりして重症化し全身管理を要する状態となる場合もある。重症急性膵炎は30%を占め、死亡率は9%である。このため急性膵炎の患者をみた場合は、患者の重症度をしっかり把握することが急性膵炎を臨床的に評価するうえで最も重要で、それに応じて治療方針も考慮していかなければならない。
 急性膵炎の重症度判定に必要な項目を表1に示す。上記の通り重症例では血管内脱水とSIRSの結果、腎障害が生じるためBUN、Crは上昇する。膵、膵周囲壊死の進行でLDHが上昇し、遊離した脂肪酸に血中Caが結合して消費されるためCaが低下する。SIRSにより呼吸不全でPO2が低下し、多臓器障害(MODS;multiple organ dysfunction)になると腎不全による代謝性アシドーシスもみられ、DICも合併すればPT活性や血小板数も低下する。(急性膵炎におけるDIC合併の機序には不明な点も多いが、単球/マクロファージや血管内皮からの組織因子発現が亢進し、また、血管内皮における凝固阻止物質であるトロンボモジュリンの発現が低下するために、凝固活性化をきたす。一方、線溶阻止物質であるプラスミノゲンアクチベーターインヒビターの発現が亢進するため、生じた微小血栓は溶解しにくく、臓器障害をきたしやすい。)なお、アミラーゼは発症後数時間で上昇し始め、20~30時間でピークに達し、軽症例では、通常5日以内に正常化するが、アミラーゼ値の上昇の程度は膵炎重症度を反映しない。また重症膵炎は発症48時間以後に高次医療機関への搬送が行われた症例の予後が悪いことから、48時間が搬送のgolden timeとされている。したがって重症度判定は、急性膵炎の診断直後、と発症48時間以内に繰り返し判定評価することが推奨されている。
 以上の病態が理解できていれば今回の問題は、(a)(c)(e)は正しいし、循環血漿量の低下が起こるため、利尿薬よりも輸液負荷が優先されることもわかるので(d)は誤りである。膵炎の成因についての問診はもちろん基本的な診療事項である。

表1:急性膵炎重症度判定基準

また急性膵炎の治療としては、十分な輸液が基本である。しかし重症例には、膵壊死への細菌感染を考慮しカルバペネム系抗生剤の投与を行い、蛋白分解酵素阻害剤についても、急性循環不全やDICとして、大量投与や2剤併用も行われる。膵組織内での薬剤の濃度を高めるため、これらの薬剤は持続動注慮法も試みられる。二次感染対策として腸管内にチューブを留置し非吸収性抗菌剤を投与し、腸内細菌を選択的に根絶する選択的消化管除菌(selective digestive decontamination; SDD)も行われることもある。MODSやSIRSに対しては、これを惹起する因子を血中から除去する目的で、持続的血液濾過透析(continuous hemodiafiltration;CHDF)などの血液浄化療法も行われる。

解答(d)

実際の症例では
今回の症例は、提示したスライス以外のスライスで膵体部に造影不良域があり膵壊死を伴う重症膵炎と診断した。イミペネムの投与とともに蛋白分解酵素としてナファモスタットの大量投与、特に初期治療には持続動注療法も施行された。

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