てんかん発作?
問題56
36歳の男性が一過性の意識消失を主訴に救急受診。
既往歴:特記事項なし。
家族歴:下記のような症状を起こす者はいない。
現病歴:普段は会社でオペレーターの夜勤業務をしている。20時より業務に入り、翌日4時10分頃よりパソコンに向かい業務していたところ。4時30分頃に急に意識消失し転倒。5分間ほど意識消失ののち覚醒した。明らかなけいれんはなかった。精査加療を希望され5時当院救急受診された。
理学所見:身長 168.0 cm、体重 66.5 kg。血圧 100/53 mmHg、脈拍 70/分、整。体温 38.2℃、Spo2 92%。意識清明。皮膚、可視粘膜に貧血、黄疸を認めず。頸静脈怒張を認めない。肺野は両側清、病的心雑音聴取せず。腹部は平坦、軟、圧痛なし。腫瘤触知せず。下肢に浮腫なし。神経学的に異常を認めず。
その後、救急室で再び意識消失し、眼球上転、呼名にも反応されなくなった。その時にとられていたモニター心電図を示す。さらに処置後にとった心電図を示す。
なお頭部CTでは異常を認めなかった。
意識消失時のモニター心電図
処置後、意識回復時の心電図を示す。
(1)考えられる疾患はどれか。
(a)QT延長症候群
(b)急性心筋梗塞
(c)Brugada症候群
(d)不安定狭心症
(e)冠攣縮性狭心症
(2)今後の治療はどれか。1つ選べ。
(a)植込み型除細動器の導入
(b)β遮断薬の処方
(c)抗てんかん薬の処方
(d)抗不整脈薬の内服処方
(e)無治療で経過観察
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例207として扱ったもの)
問診の段階ではてんかん発作のようにも思われるエピソードだが、たまたま救急室で意識消失発作が再現された時のモニター心電図では振幅も周波数も全く無秩序に不規則な波形となっており、心室細動(ventricular fibrillation; VF)である。心原性意識障害と考えられた。処置については問題文に記載されていないが、ただちに担当医は胸骨圧迫による心臓マッサージを開始し、200 Jで1回、電気的除細動を行った。その後、リドカイン(静注用キシロカイン2%)100 mgを静注し、心房細動となってVFは停止している。発作消失後の心電図では、V1、V2のQRSはrSR’波となり後述するcoved型のST上昇と陰性T波が認められ、典型的なBrugada症候群と診断できる(図1)。
Brugada症候群は、若年~中高年の男性(男女比9:1)に起こる多形心室頻拍あるいはVFさらにはこれによる突然死の原因として知られている。心電図での特徴的なST上昇は①不完全右脚ブロック様のrSR’様でsaddleback型のST上昇を呈するもの、あるいは②右脚ブロック様のrSR’様でcoved 型ST上昇に続き陰性T波を呈するもの、がある。同一症例でも、coved型からsaddleback型へと日内変動を起こしたり、ST上昇が消失したりする場合もある。ちなみにBrugada症候群の診断基準として採用されている項目は、coved型ST上昇が右側胸部誘導に少なくとも1つに認められることに加えて①多形性心室頻拍、心室細動が認められる、②45歳以下の突然死の家族歴がある、③家族に典型的なcoved型ST上昇の心電図がみられる、④失神や夜間の瀕死期呼吸を認める、などのうちどれか1つ以上を満たすものとしている。
病態としてはNaチャンネルの先天的異常があることが指摘されており、SCN5Aをはじめいくつかの遺伝子変異が指摘されているが、そのような異常が指摘できるのは15~30%にすぎない。発作は、副交感神経緊張時や交感神経緊張低下時に起こることが多く、典型的な例では、40歳台の男子が副交交感神経緊張状態に傾いている夜間就寝中に突然死を起こすパターンである。VFを生じて除細動に成功した場合、すぐに後述するような植込み式除細動器をすみやかに導入できるとは限らないため、急性期のVF予防目的の薬物療法としては、β刺激薬であるイソプロテレノール(プロタノール®)が用いられる。慢性期のVF再発予防にはキニジン(キニジン®)、シロスタゾール(シロスタゾール®、プレタール®)、ベプリジル(ベプリコール®)などの効果が報告されてはいるが、予防効果は不十分であるため、植込み型除細動器(implantable cardioverter defibrillater; ICD)が必要となる。有症状症例の治療は、ICD植込み術の適応となる。今回の場合は、VFの発作が確認されているが、もし心電図所見はあるものの、心原性の意識消失のエピソードだったのかどうかはっきりしない場合にはICD植込みの適応を決めるために心臓電気生理学的検査が考慮される。突然死の家族歴があるかどうか、これまでに意識消失された既往があるかどうか、などについても問診しておく必要がある。何らかの症状を呈したことがある症候性Brugada症候群と、症状を呈したことがない無症候性Brugada症候群とに分類した場合、無症候性Brugada症候群のリクス解析がされているが、日本においては特に家族歴の重要性が指摘されている。無症候性Brugada症候群の患者が発作を起こす頻度は100人経過観察した場合2年に1人程度(全症例の0.4%)とされている。これに対して症候性Brugada症候群の場合、発作発生率は年10~15%程度とされている。Naチャンネル阻害薬であるピルシカイニド(サンリズム®)1 mg/kg体重を10分間で静注負荷によりcoved型の波形が顕在化する場合がある。
図1:意識回復直後の12誘導心電図。明らかなP波は認められず。正常QRS幅を有する波形が不規則に認められる。ところどころf波と思われるところもある。V1、V2のQRSはrSR’波となりcoved型のST上昇と陰性T波が認められる。典型的なBrugada症候群と診断できる。
解答:(1)(c) (2)(a)
実際の症例では
今回の症例では家族歴も既往歴もなかった。心房細動の心電図に変化した段階で入院となった。同日夕刻に再度心電図をとったところ、心房細動は自然に停止して洞調律となっており、V3誘導でsaddleback型となっていた。入院2日目の心電図も図3に示す。入院中に心臓カテーテル検査を施行し、有意な冠動脈狭窄はないことも確認し、ピルシカイニド50 mgを負荷したところ、saddleback型からcoved型への移行がみられた。ピルシカイニド負荷のもとで心室細動の誘発性も検討したが(詳細はかなり専門的になるため割愛)、むしろ誘発性は低下している結果だった。しかしVTによる失神発作の確認例であり、本人、家人にICDの適応と説明し植込み術が施行された。
図2:入院初日の夕刻の心電図。心房細動は自然に停止して洞調律となっている。V3誘導はsaddleback型となっている。
図3:入院2日目の12誘導心電図。V1でcoved型、V2でsaddleback型を呈している。