下肢の脱力で救急受診
問題109
66歳、男性が下肢脱力を主訴に救急受診した。
既往歴:4~5年前に尿管結石の発作が数回。飲酒歴:なし。喫煙歴:40歳頃まで10~20本/日×20年。家族歴:特記事項なし。
現病歴:10日前~8日前にゴルフをした。6日前~3日前に普段よりきつめの現場の力仕事をした。2日前は現場の仕事確認ぐらいで、力仕事はしていなかった。その日の22時ごろから軽度倦怠感と上下肢の脱力が出現してきたが、階段も上がれなくなって2階の寝室に行けず、1階で就寝した。本日未明2時頃にトイレに行こうとしたところ動けなかったため、救急要請した。偏食はなく、食事は普段通りできている。
現症:意識清明。身長160.6 cm、体重56.6 kg、血圧125/77 mmHg、脈拍65/分、体温36.6℃、SpO2 97%。眼瞼結膜に貧血なし、眼球結膜に黄疸なし。頚部リンパ節触知せず、頚静脈怒張なし。胸部:呼吸音に異常なし。心音は整、病的雑音聴取せず。腹部平坦、軟、腸蠕動正常、圧痛なし。下肢に浮腫なし。呂律障害なし。上肢の挙上は可能。握力はやや弱い。足趾の運動は可能だが膝立はできず。1年ほど前にも同様の症状があったが、整形外科受診しリハビリなどして数日でよくなった。この時の症状は下肢優位だった。ここ1か月ほど感冒症状や下痢などはなかった。
検査所見:血液所見:白血球 7360/μL(好中球73.7%、リンパ球22.1%、単球3.9%、好塩基球0.3%)、赤血球 393万/μL、Hb 12.8 g/dL、Hct 37.6%、血小板 20.4万/μL。血液生化学所見:CRP 0.40 mg/dL、LDH 172 U/L、AST 31 U/L、ALT 18 U/L、ALP 206 U/L(基準110~360)、γ-GTP 31 U/L、T-Bil 0.8 mg/dL、Alb 3.9 g/dL、AMY 181 U/L、CPK 573 U/L、BUN 19 mg/dL、Cr 1.46 mg/dL、Na 142 mEq/L、K 1.7 mEq/L、Cl 115 mEq/L、FT3 2.35 pg/mL(基準2.14~4.09)、FT4 0.92 ng/dL(基準0.88~1.50)、TSH 0.925μIU/mL(基準0.610~4.230)、尿中K 7.9 mEq/L、尿中Cl 57 mEq/L、尿中Cr 36.4 mg/dL、レニン活性2.1 ng/mL/hr、アルドステロン(臥位)11.6 pg/mL(基準4.0~82.1)。血液ガス分析:pH 7.290、HCO3- 16.0 mEq/L、BE -10.7 mmol/L。
問題
(1)この患者で見られると予想される心電図所見として正しいものはどれか。1つ選べ。
(a)QT-U時間延長
(b)QRS幅の延長
(c)Δ波
(d)PR間隔延長
(e)左室高電位
(2)この患者のアニオンギャップはどれか。1つ選べ。
(a)7
(b)9
(c)11
(d)13
(e)15
(3)診断はどれか。1つ選べ。
(a)クッシング症候群
(b)原発性アルドステロン症
(c)Bartter症候群
(d)尿細管性アシドーシス
(e)過換気症候群
(類題 2016年認定内科医試験、2018年認定内科医試験)
解説
今回の症例は、下肢の脱力で発症し、血液生化学所見では血清Kが1.7 mEq/Lと著しい低K血症が認められている。心電図ではこのような低K血症はQTc時間ないしはQT-U間隔の延長を起こし、受攻期での心室性期外収縮がtorsade de pointesや心室細動など重篤かつ致死的な不整脈を起こしやすい状態となっている。参考までに今回の症例の心電図の一部を提示する。
図1:本患者の心電図所見。QT-U間隔の延長が認められる。
1年前にも同様の脱力発作があったとのことであり、前回の発作は消失するのに数日かかったとのことであったため周期性四肢麻痺、つまり低K血性周期性四肢麻痺が疑われる。そこで低K血症の鑑別が今回の症例では重要になってくる。随時尿での尿中Cr濃度を用いて尿量誤差を補正することで随時尿から目的成分の1日排泄量を推測する方法がある。尿中Crは単位時間当たりの尿中排泄量がほぼ一定で、血中Crは全量が尿中へと排泄され、尿細管でも再吸収を受けず、水分食事摂取量に影響されない。さらに便利なことにCrの1日尿中排泄量は約1 gであるため、目的成分の随時尿での尿中濃度/尿中Cr濃度の比によって、補正された目的成分の1日排泄量が求められる。1日でのK排泄量は(随時尿での尿中K濃度/随時尿での尿中Cr濃度)でmEq/g・Crとして求められる。一般に、尿中K/尿中Cr比が20 mEq/g・Cr(13 mEq/g・Crを基準にされていることもある)以下の場合、Kの腎排泄は抑制されていると考えられ、20 mEq/g・Crを越えている場合、Kの腎排泄が亢進していると考えられる。
低K血症の鑑別は、まず上記の計算でKの尿中排泄が亢進しているのかどうかをチェックすることが最初のプロセスとなる。腎からのK排泄が抑制されているにもかかわらず低K血症ということであれば、Kの摂取不足、Kの細胞内移行、腎以外からのK排泄亢進などを考える。腎からのK排泄が亢進している場合については、高血圧があったり細胞外液量が増えていると考えられたりする場合はレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の異常が考えられるため、レニン、アルドステトロンをチェックする。血圧が正常で細胞外液量は正常ないし低下していると考えらえる場合は、HCO3-をチェックし、代謝性アシドーシスがあれば尿細管性アシドーシス(renal tubular acidosis;RTA)となり、代謝性アシドーシスがなければ、尿中Clを評価し、さらに鑑別を進める(図2)。
図2:低K血症の鑑別の進め方。腎からのK排泄が主体かどうか、次にアルカローシスかアシドーシスがあるか、最後に高血圧かどうかという流れになる。(出典:低カリウム血症を認めたときに、鑑別すべきことはなんですか 藤井洋行 日本心臓財団 診療のヒント100より改編)
今回の随時尿での尿中Kは7.9 mEq/L、尿中Crは36.4 mg/dLであるため、Cr補正での7.9÷36.4×1000=217.0 mEq/g・Crとなり、K排泄が亢進していると考えられる。さらにこのフローチャートにのっとると血圧正常であり、血液ガス分析ではpH 7.290と著しいアシデミアがみられ、HCO3-が16 mEq/Lと低下(基準値は24±2)、SpO2が97%であることから代謝性アシドーシスがあると考えられ、RTAという診断に至れる。
次にRTAについてさらに詳しくみていきたい。まず細胞外液中には陽イオンの総和と陰イオンの総和は等量存在するという前提がある。通常測定されている陽イオンはNa+やK+であり、陰イオンはCl-、HCO3-などであるが、細胞外液中のK+はわずかなので、K+をNa+以外のいろいろな陽イオンの中に含めてしまい、「細胞外液中には陽イオンと陰イオンは等量存在」を式にすると、Na++(他の陽イオン)=Cl-+ HCO3-+(他の陰イオン) となる。そこでNa+-(Cl-+ HCO3-)=(他の陰イオン)-(他の陽イオン)となり、この式の左辺は主要な陽イオン濃度の総和と陰イオン濃度の総和との差であり、Na+-(Cl-+HCO3-)をアニオン・ギャップ(anion gap;AG)と定義しており、正常値は12±2 mEq/Lである。どのような代謝性アシドーシスでもHCO3-が低下するはずであるが、陰イオンの総和と陽イオンの総和は等しいはずなので、HCO3-が低下するのであれば、他に何らかの陰イオンが増加しなければならない。そこで、主要な陰イオンであるCl-が増加するか他の陰イオンが増加するかに分かれるが、後者の場合、つまりCl-が増加するタイプの代謝性アシドーシスは、AGが増加することになる。乳酸やケトン体はCl-以外の陰イオンであり、乳酸アシドーシスやケトアシドーシス、腎不全などはAGが増加するアシドーシスの代表である。一方、Cl-が増加する高Cl型代謝性アシドーシスはAG正常型代謝性アシドーシスということになり、その代表はRTAである。今回の症例ではAG=142-(115+16)=11でAGは正常範囲であるため、尿細管性アシドーシスとして矛盾しないことがわかる。
RTAは、尿細管におけるHCO3-の再吸収障害あるいはH+の分泌障害などによってAG正常型代謝性アシドーシスをきたす病態であり、3つの病型があり、それぞれの病型について、その原因となる基礎疾患が知られている。機序の詳細は複雑多岐にわたるが、遠位尿細管で酸を排泄できない遠位尿細管性アシドーシス(Ⅰ型RTA)、近位尿細管からアルカリが失われてしまう近位尿細管性アシドーシス(Ⅱ型RTA)、遠位尿細管で酸の排泄とKの分泌ができない高K血性遠位尿細管性アシドーシス(Ⅳ型RTA)がある。従来Ⅲ型RTAとされてきたものは重症化したⅠ型RTAであることがわかっており、分類からのぞかれた。Ⅳ型は稀であり、主にRTAはⅠ型とⅡ型である。
1) Ⅰ型RTA:成人発症の場合は、低K血症の症状、腎石灰化、尿路結石がみられる。原因疾患として、遺伝的な因子や薬剤性の因子のほか、膠原病、なかでもシェーグレン症候群に合併しやすい。
2) Ⅱ型RTA:低K血症の症状がみられる。遺伝的な因子や多発性骨髄腫、Wilson病、Lowe症候群などで合併しやすい。
両者の鑑別には教科書的には塩化アンモニウム(NH4CL)負荷試験が有用であるが、実際はあまり用いられていないようである。それに代わるものとして尿アニオンギャップ(AG)がある。尿AG=尿Na++尿K+-尿CL-であり、尿で測定されない陽イオンの代表はNH4+である。NH4+の尿中排泄に問題のない代謝性アシドーシスの場合、NH4+の尿中排泄は亢進し、尿AG<0となる。しかしNH4+排泄障害があると、尿AG>0となり、これによって尿酸性化障害があることがわかり、遠位RTAと考えられる。治療は重曹によるアシドーシスの補正とKの補充が主体となる。
解答
(1)(a)、(2)(c)、(3)(d)