全身倦怠感で来院した高齢者

問題58

84歳の男性が全身倦怠感を主訴に来院された。

既往歴:狭心症、高血圧症のため他の診療所通院中。13年前に頭痛で脳神経外科受診され、脳血管に狭窄がみられたため、それ以来チクロピジン(パナルジン®)を処方されている。ここ数年、あらたな薬剤の変更や開始はない。

現病歴:1か月前から全身倦怠感を覚えるようになり、歩行も困難となってきた。症状は徐々に進行し、当院脳神経外科に定期通院され、採血検査と頭部CT検査が行われた。頭部CTでは問題は認められなかったが、採血検査で異常を認めたため内科に照会された。2週間前から下腿に出血斑を複数認めるようになった。3日前から鼻出血が繰り返されている。

現症:意識清明。身長 153.0 cm、体重 49.2 kg。血圧 110/46 mmHg、脈拍 57/分、整。体温 36.8℃、Spo2 94%。皮膚、可視粘膜に貧血なし、黄疸認めず。頸静脈怒張を認めない。胸腹部に異常を認めず。下肢に浮腫なし。下腿に紫斑を複数認める。

検査所見:血液所見:白血球4300/μL、赤血球406万/μL、Hb 13.6 g/dL、血小板0.3万/μL。PT 10.2 sec(106.2%、PT-INR 0.97)、APTT 36.6 sec、Fibrinogen 242 mg/dl、FDP 0.8μg/mL。血液生化学所見:LDH 172 U/L、AST 18 U/L、ALT 13 U/L、T-Bil 0.6 mg/dL、BUN 13 mg/dL、Cr 0.64 mg/dL、フェリチン 21 ng/mL、免疫血清学的所見:CRP 0.58 mg/dL。

胸腹部CTでは明らかな異常を認めず。

最も可能性の高い疾患はどれか。1つ選べ。

(a)播種性血管内凝固症候群(DIC)

(b)特発性血小板減少性紫斑病(ITP)

(c)血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)

(d)再生不良性貧血

(e)骨髄異形成症候群(MDS)

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例208として扱ったもの)

今回のデータでは著しく低下した血小板減少がみられておりこの鑑別が問題となっている。考え方の基本は、①骨髄での産生低下、②血小板寿命の低下、③脾機能亢進、④血小板の喪失や希釈、に分けられるが、特に①~③が鑑別にあがってくる。まず通常のEDTA採血では採血管内で血小板が凝集してしまい見かけ上、血小板数がさがる偽性血小板減少症の可能性を考え、これが否定されれば、以下の表1にあるような疾患が鑑別にあがってくる。

表1:血小板減少の機序からの鑑別診断。

ML (malignant lymphoma) ; 悪性リンパ腫、MF (myelofibrosis) ; 骨髄線維症、MDS (myelodysplastic syndrome) ; 骨髄異形成症候群、PNH (paroxysmal nocturnal hemoglobinuria) 発作性夜間血色素尿症、ITP (idiopathic thrombocytopenic purpura) ; 特発性血小板減少性紫斑病、HIT (heparin-induced thrombocytopenia) ; ヘパリン起因性血小板減少症、TTP/HUS (thrombotic thrombocytopenic purpura / hemolytic-uremic syndrome) ; 血栓性血小板減少性紫斑病 / 溶血性尿毒症症候群、LC (liver cirrhosis) ; 肝硬変、IPH (idiopathic portal hypertension) 特発性門脈圧亢進症、HPS (hemophagocytic syndrome) 血球貪食症候群

再生不良性貧血は、多くは原因不明で、骨髄の造血幹細胞の異常で、3系統の血球減少が生じる疾患である。初期には血小板のみ低下することがあるが、今回の症例ほど他の2系統に比較して目立って血小板が金秋の症例ほど低下することは考えにくい。MFは造血幹細胞レベルでの腫瘍化で巨核球中心の異常クローンがサイトカインを産生し骨髄に線維化を生じる。通常、脾腫や貧血がみられる。MDSは無効造血による血球減少で、通常2系統以上の血球減少が認められるので、今回のデータとは合わない。すでに問題37でとりあげた。ヘパリンは使用していないのでHITではないし、この数年薬剤の変更や開始はないので薬剤性血小板減少症でもない。画像検査で肝硬変や脾腫はなく、フェリチンも高くないのでHPSも考えにくい。悪性腫瘍が骨髄に浸潤するような進行癌や悪性リンパ腫も画像での指摘がなく、もちろん症状やデータ的にもDICや敗血症を疑うパターンではなくFDPの上昇もない。またDICを起こすような巨大血管腫の記載もない。やはりこれほど血小板が低下しているデータで最も疑われるのは特発性血小板減少性紫斑病(ITP)である。後日、判明した自己抗体の結果でも抗血小板抗体が陽性でありこれを確診した。ITPと紛らわしい疾患としてTTPがあるが、血小板減少と溶血性貧血、腎機能障害、精神症状、発熱などが典型的な症例ではみられる。すでに問題14でとりあげた。今回の症例では症状が合わない。

解答:(b)

ほかに聞かれる可能性のある項目

●血栓や人工物に物理的に衝突して破砕された結果溶血する病態ではないため、TTP、DIC、HUS、人工弁置換術後などでみられるような破砕赤血球は末梢血には出現しない。

実際の症例では

今回の症例は典型的なITPのデータとして作問するため赤血球系の異常を修正して提示した。実際は、赤血球 287万/μL、Hb 9.5 g/dL、Hct 28.5%、網状赤血球22‰、直接クームス(+)、間接クームス(+)、抗血小板抗体(+)、PA-IgG 444 ng/千万cells、ヘリコバクターピロリIgG抗体<3.0 U/mL、Fe 72 μg/dL、TIBC 270 μg/dL、Haptoglobin 2-1型 77 mg/dL、ANA<40倍、抗DNA抗体<2.0 IU/mL、抗Sm抗体<2.0 U/mL、抗RNP抗体<2.0 U/mLだった。血小板減少に比べて程度はそれほどでもないが貧血もみられており、計算するとMCV 99、MCH 33.1、MCHC 33.3となった。ITPはあるが、自己免疫性溶血性貧血(AIHA)が合併しているのではないかと疑いたくなるデータである。ITPとAIHAが合併した場合、Evans症候群(SLEを合併したり、後にSLEを発症したりすることで有名)という。しかしLDHの上昇、間接ビリルビン優位のビリルビン上昇、網状赤血球の上昇などといったそもそも溶血を起こしていそうなデータがなく、ハプトグロビンも正常範囲であった。ハプトグロビンは溶血性貧血の最も感度の高いマーカーであり、溶血があると低下する。結論的には、クームス試験陽性であるので抗赤血球抗体は有しているものと思われるが、実際に溶血を起こす反応にはいたっていないものと考えた。骨髄穿刺の結果、有核細胞数11.2×104/μL、骨髄巨核球数 44/μL、M/E比 1.22と正形成、赤芽球系では前赤芽球 0.2%、塩基性赤芽球 0.4%、多染性赤芽球 33.2%、正染性赤芽球 2.4%、赤芽球系の小計は36.2%、顆粒球系では骨髄芽球 0.4%、前骨髄球 0.2%、骨髄球 4.0%、桿状核球 9.0%、分節核球 17.4%、好酸球 1.2%、好塩基球 0.2%、顆粒球系の小計は44.2%、その他、単球 1.8%、リンパ球 15.0%、形質細胞 2.4%、マクロファージ 0.2%、巨核球 0.2%で、正形成骨髄で巨核球の血小板付着低下あり、多核形質細胞が散見され、軽度、巨赤芽球様変化を認めた。染色体分析では20個中45, X, -Yを5個認めた。一般にITPでは減少した血小板を補おうとして血小板を産生する巨核球が増加するが、正常範囲にとどまる場合もある。また正常では巨核球が血小板を産生するので種々の段階を経て最終的に血小板の形態となって巨核球に付着している像がみられる。ITPでは血小板を産生しようとするはたらきは亢進するため巨核球の数自体は増えるものの、巨核球の成熟障害があるといわれており、血小板の段階まで成熟しまさに血小板を放出しようとしているような巨核球が減っている。これが巨核球における血小板付着低下である。以上より、今回の骨髄像はITPの像として矛盾しない。また貧血の原因については、はっきりしたものはつかめなかったが、その後に行った血液検査でビタミンB12 1679 pg/mL、エリスロポエチン 118.4 mIU/mLと異常高値であったことで無効造血に対する骨髄の反応をみている可能性があること、骨髄における血球異形成に乏しい像ではあったが、正形成の骨髄で染色体異常もみられ、高齢者の血球減少として他に疑える疾患もないため骨髄異形成症候群あたりが最も考えられるのではないかと思われた。このように高齢者のITPではMDSが合併していることがよくある。

一般にITPの治療としては、緊急時の治療法としてメチルプレドニゾロンパルス療法として、メチルプレドニゾロン(ソルメルコート®、ソルメドロール®)500~1000 mgを1日1回3日間投与する。それ以外にもγ-グロブリン大量療法として献血ベニロン-Iまたは献血ヴェノグロブリンIHまたは献血グロベニンIなど1回15~20 gで1日1回3~5日間点滴投与する方法もあるが、効果は一過性で、高価であり、適応は分娩時や緊急手術などの症例に限られる。緊急を要さない症例の治療導入として、あるいはメチルプレドニンパルス療法のあとに続ける治療法として、0.5~1 mg/kg体重のプレドニゾロンを連日投与する。これに反応して血小板数が改善してくれば漸減していき、まずはプレドニゾロン10 mg/日程度の維持量とする。緊急性のない場合においてはピロリ菌感染の有無も評価し、保菌者においてはITPの原因となっている可能性があるためファーストラインの治療法として除菌療法を行う。この除菌が血小板数の改善につながる機序は不明であるが、本症例ではIgG抗体が陰性でピロリ菌感染はなさそうであった。プレドニゾロンをさらにここから減量してデータが悪化する例や、最初からステロイドの反応がよくない患者では、セカンドラインの治療として脾摘が考慮される。今回の患者ではステロイドの反応が不良であったが、高齢でADLも悪く、脾摘はリスクが高いと判断された。そこでサードラインの治療法としてトロンボポエチン(TPO)受容体作動薬が考慮された。TPOは巨核球を刺激して血小板を産生させる作用を有する。このTPOに代わって巨核球を刺激する薬剤がTPO受容体作動薬であり、これによって血小板数を調節した。

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