筋肉がこわばって

問題87
25歳の女性。3年ぐらい前から筋肉がこわばったりしびれたりしていたが、本日も手指や足、顔面のひきつれが出現し、次第に全身の硬直さらには痙攣へと移行してきたため救急受診された。
既往歴・家族歴:特記すべきことはない。
現症:意識清明。血圧119/80 mmHg、脈拍95/分、体温36.3℃、呼吸24/分。皮膚、可視粘膜に貧血、黄疸なし。頚部、胸部、腹部に異常所見を認めず。下肢に浮腫なし。来院時の手指を再現した写真を示す。

検査所見:血液所見:白血球6900/μL、赤血球430万/μL、Hb 11.9 g/dL、Hct 36.2%、血小板33.3万/μL、血液生化学検査:Alb 4.0 g/dL、BUN 9 mg/dL、Cr 0.73 mg/dL、Na 140 mEq/L、K 3.7 mEq/L、Cl 102 mEq/L、Ca 5.3 mg/dL(基準8.8~10.1)、P 6.3 mg/dL(基準2.7~4.6)、Mg 1.8 mg/dL(基準1.8~2.4)、intact PTH 8 pg/mL(基準10~65)、PTHrP 1.3 pmol/L(基準値0~1)、1,25-(OH)2-VD3 49.7 pg/mL(基準20~60)、尿生化学検査:尿中Ca 2.7 mg/dL

来院時の時点で優先される対応を選べ。
(a)アルファカルシドール頓服
(b)グルコン酸カルシウム静注
(c)炭酸カルシウムの頓服
(d)非ステロイド系抗炎症薬の頓服
(e)カルシトニン製剤の内服

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例327として扱ったもの)
手指の所見をみると低Ca血症で認められるテタニーに伴う助産婦手位である。今回の症例ではすでにテタニーが顕在化しているが、潜在性のテタニーを顕在化させる診断手技としては、トルーソー(Trousseau)徴候がある。これは血圧計のマンシェットで収縮期血圧より5~10 mmHg高い圧に加圧し3分間待ってこの手位を顕在化させる方法である(ただし正常でも1~4%で陽性となる)。その他のテタニー徴候をみるものとしては、顔面神経を外耳道外耳道前方で叩くと口輪筋や外輪金筋の痙攣を起こすクボステック(Chovostek)徴候が知られている。テタニーはCaの低下に伴い神経細胞の興奮性が亢進して生じる。知覚異常から始まり、筋硬直、今回のように全身痙攣へと移行する経過をとることがある。
さてこのテタニーを起こすような低Ca血症の原因は何かというのが問題である。血液検査をみると、電解質には低Ca血症、高P血症が認められ、腎機能には問題ないため、純粋に副甲状腺ホルモンが不足している副甲状腺機能低下症か、あるいは偽性副甲状腺機能低下症である(図1)。まず純粋に副甲状腺ホルモンが不足している病態としては、副甲状腺の破壊や先天的な萎縮で副甲状腺ホルモン(PTH)の産生低下がある特発性副甲状腺機能低下症や、甲状腺などの頚部の手術で副甲状腺を摘除された場合にPTH産生低下がある続発性副甲状腺機能低下症がある。いずれの場合でもPTHの低下があると、骨吸収の低下、ビタミンD3の活性化障害を介して腸管からのCa吸収低下、近位尿細管へのCa排泄や遠位尿細管からのCa再吸収の低下などがあって、低Ca血症を生じる。一方、偽性副甲状腺機能低下症では、腎臓や骨にあるPTH受容体に不応のため、副甲状腺機能低下症と類似の低Ca血症を生じる。この場合、PTHは、その受容体の反応が悪いため過剰に産生されている。したがって特発性あるいは続発性のPTH不足状態の副甲状腺機能低下症と偽性副甲状腺機能低下症とを鑑別するためにはPTHをチェックし、産生低下があれば、特発性や続発性、産生過剰があれば偽性副甲状腺機能低下症と鑑別できる(図1)。今回の症例ではその後に判明した結果として、問題文に提示したようにintact PTH 8 pg/mLであったため、フローチャートに沿っていくとPTH不足性副甲状腺機能低下症であり、甲状腺や頚部の手術歴などはないので特発性副甲状腺機能低下症ということになる。典型例では頭部CTを撮れば大脳基底核に石灰化が認められるが、今回の症例では認められなかった。その他に問題文では正常下限として提示していたが、実際の血清Mgは1.7 mg/dLと正常下限を若干下回る程度であった。一般に高度の低Mg血症(特に1.2 mg/dL以下)があるとPTH抵抗性の上昇やPTHの産生抑制などにはたらき、結果として低Ca血症をひきおこす。今回の症例ではわずかに正常下限を下回る程度の低Mg血症であったため、多少は低Ca血症に寄与したと考えれるが、基本的には先天的なPTH産生低下が背景にあるものと思われた。

図1:低Ca血症の鑑別診断のためのフローチャート

治療は、今回の症例のように全身痙攣や頻発するテタニーの症例についてはCa製剤であるグルコン酸カルシウムの緩徐静注投与(心電図モニター下でカルチコール®10~20 mLを10~20分かけて静注)が行われる。その後、カルチコール1~2 mL/5%ブドウ糖液で数時間で点滴投与し、Caを補正する。慢性期治療として血中Caを上昇させるため主として活性型ビタミンD3製剤(アルファカルシドール)を用い、成人では原則的にはCa製剤の投与はしないが、コントロール不良例にはCa製剤(炭酸カルシウム)の内服を併用する場合もある。長期継続する必要があるこれらの治療は、高Ca尿症、腎臓結石、尿路結石、腎障害などを生じさせる可能性があり、血中Ca濃度は正常下限を目標とする。また低Mg血症が低Ca血症に寄与していると考えられる場合は治療適応となる。心室性不整脈や痙攣の緊急時で重症例(Mg<1.4 mg/dL)の場合は緊急的に硫酸マグネシウムの静脈内投与8~16 mEq/50 mL生理食塩水として15分以上かけて投与するが、非緊急時の場合は、硫酸マグネシウムを1日目64 mEq/日、2日目32 mEq/日の持続静脈投与、あるいは、酸化マグネシウム450~1800 mg/日を経口投与する。
今回の症例ではグルコン酸カルシウムの緩徐静注が優先される。

解答:(b)

実際の症例では
 実際は、今回の症例は一過性の意識レベル低下で救急搬送されてきた患者だった。歩行中に突然倒れたところを通行人が目撃しており、呼びかけに反応が悪かったため通行人が救急要請した。3年ぐらい前から筋肉がこわばったりしびれたりするため一度病院を受診したところ、精査はされていないが自律神経失調症といわれたことがある、とのことだったが、今回は実際の症例では筋硬直や全身痙攣などが生じてきていたわけではない。頭部CTでは異常を認めなかった。その際にとられた心電図を示す(図2)。

副甲状腺機能低下を背景にした低Ca血症で今回のような意識障害を説明できるのかだろうか?そこで、低Ca血症の場合の心電図異常として問題にされるQT延長について説明する。今回の症例では、心拍数89/分で、最近は心電図に自動解析機能がついているので一応それで計測された数値も含めて提示すると、RR間隔は計算で60/89=0.674秒、QT時間は心電図の測定では0.420秒となっており補正QT時間(QTc時間)は0.420/√0.674=0.511(正常は0.36~0.44秒)と明らかに延長している。

図2:心電図。赤両矢印の部分がQT間隔で、測定すると0.42秒、また心拍数89/分で、RR間隔は計算で60/89=0.674秒、補正QT時間(QTc時間)は0.420/√0.674=0.511(正常は0.36~0.44秒)と明らかに延長している。

そこでQT時間は何を意味するかということを考えると、これは前半部分のQRS部分と後半部分のST部分に分けられる。QRSは、心筋細胞が脱分極して活動電位のスイッチがはいる時期、STは活動電位が終了するまでの再分極の時期にあたる。つまりQT時間は心筋細胞の活動電位のスイッチがオンの状態で持続している時間を意味する。この時期にはできるだけ新たな電気刺激が来ても心筋細胞は反応しない不応期に入っている。不応期の最初は絶対的不応期といい、強い刺激でも心筋細胞は反応しない。しかし、その後、刺激に対する反応性が回復してきて相対的不応期に入ると、強い電気刺激には心筋細胞が反応する。特にT波頂点の前後は一過性に興奮性が高まる時期があり、受攻期ともいわれ、ここで心室性期外収縮が入るとR on Tと呼ばれて心室細動や特徴的な波形を呈するtorsades de pointesと呼ばれる心室頻拍を誘発することがあることが知られている。QT時間が延長している場合は、心筋細胞の活動電位持続時間が延長しているだけでなく、心筋細胞膜電位がかなり不安定となっているとされており、このような頻脈性不整脈が起こると心拍出が保たれず、失神を生じる可能性がある。
 今回の症例で、そのようなことが生じていたのかどうか、これについては来院時に意識は回復しておりそのような不整脈もとらえられていないためはっきりと言えない。当直医のほうで当院での入院精査を勧められたが、患者が遠方から来られていたため、自宅近くの病院での入院精査を希望され他院で加療されることとなった。典型的なQT延長症例ではT波がもっとRR間隔の右半分の部分にくる場合が多いが、今回の症例ではそれほどの所見もない。失神をきたすほどの心室性不整脈が生じていたのかどうかは疑問であり、その意味では若年者の一過性意識障害で、てんかん発作などは鑑別として残ってくる。しかし少なくとも今回のエピソードがきっかけでおそらく先天性副甲状腺機能低下症が発見できたことは間違いなさそうである。

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