胸部から肩にかけての絞扼感

問題88
61歳の男性。1時間前から左上胸部から肩にかけての絞扼感が出現し持続性であるため救急搬送された。
既往歴:15年前から糖尿病で加療。喫煙歴:30本×40年。
現症:血圧 107/88 mmHg、脈拍 100/分、整。体温 36.5℃、Spo2 95%。心音・呼吸音に異常を認めず。下腿に浮腫なし。
胸部単純X線では肺野に異常なく縦隔陰影の拡大なし。
12誘導心電図を示す。

この時点で可能性の高い診断はどれか。
(a)急性肺血栓塞栓症
(b)急性前壁中隔梗塞
(c)急性下壁梗塞
(d)急性広範前壁梗塞
(e)急性側壁梗塞

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例235として扱ったもの)
 持続する胸部の絞扼感があって肩の痛みもみられ、痛みが生じて数時間以内の受診であれば、snap diagnosis(直感的にこれではないかと診断)するべき疾患はやはり急性冠症候群である。狭心症であっても急性心筋梗塞であっても、急性冠症候群の診断にあたって最も大切なプロセスは問診である。たとえば同じように胸の痛みであっても、ピリピリした痛み、さされるような痛み、激痛などと訴える場合、また1週間前から持続している痛みとか1分以内の痛みが頻繁におこる、などといった痛みの持続時間を訴える場合は、別の疾患を鑑別するべきである。逆に非典型的な症状でありながら急性冠症候群を鑑別に入れておかなければならないものとして、今回のように肩の痛みや、喉、顎などの痛み、腹痛などがある。今回の症例では心電図でV2からV3(V4も増高ありととってもいいかもしれない)でT波増高、V1~V4で軽度STの上昇がみられ、急性前壁中隔梗塞と考えられる。特にこの先鋭化し増高したhyperacute T waveと呼ばれる波形は、CPK、AST、LDHとも上昇のない超急性期の心筋梗塞でしばしば認められるため診断に有用である。

図1:救急受診時の12誘導心電図。V2、V3(V4も増高ありととってもいいかもしれない)で先鋭化したT波の増高(赤矢印)、V1~V4で軽度STの上昇(青矢印)がみられる。この先鋭化し増高したT波はhyperacute T waveで超急性期の心筋梗塞でしばしば認められる波形である。以上より前壁中隔の急性心筋梗塞が疑われた。

解答:(b)

試験の傾向
急性心筋梗塞も含めて、さまざまなパターンで急性冠症候群は専門医試験に必ず出題される。

その他に聞かれる可能性のある項目

●循環器内科専門医がいない医療施設であったと仮定して、循環器内科医をコールするタイミングは、問診をとり、心電図をとりおわってすぐであり、採血検査結果を確認したり、心エコーを施行したりする前に行わなければならない。また搬送のための救急車を待つまでの間に、亜硝酸製剤ニトログリセリンの舌下投与による反応の有無のチェック、アスピリンの内服、ヘパリン点滴持続静注投与、疼痛緩和(交感神経興奮状態が続くとアドレナリンが分泌され心筋需要が増すためこれを緩和)のための塩酸モルヒネ投与、などを行う。

●通常の心筋梗塞ではこのようにST上昇がみられるのでST上昇型心筋梗塞(ST-elevation myocardial infarction;STEMI)と呼ぶ。これに対して心内膜下梗塞ではST上昇は指摘できず、これを非ST上昇型心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction;NSTEMI)と呼んでいる。

●責任血管と梗塞領域

①左前下行枝(left anterior descending artery;LAD)病変:今回のようなV1~4のST上昇がみられ、前壁中隔梗塞を生じる。

②左冠動脈主幹部(left main coronary trunk;LMT)病変:V1~6、Ⅰ、aVR、aVLでST上昇がみられ、広範前壁および側壁におよぶ梗塞を生じ、心源性ショックを起こすことが多い。aVRは右肩から左室基部を見る誘導なので、広範囲の左室、側壁梗塞で上昇する。

③左冠動脈回旋枝(left circumflex artery:LCX)病変:V5、V6、Ⅰ、aVLでST上昇がみられ、側壁梗塞を生じる。

④右冠動脈病変(right coronary artery;RCA)病変:Ⅱ、Ⅲ、aVFでST上昇がみられ下壁梗塞を生じる。

●急性心筋梗塞の鑑別疾患

①急性心膜炎:通常絞扼痛を呈さず刺激性の痛みを訴え、呼吸によって増悪することがある。心電図ではaVRを除く全誘導でST上昇が認められる。

②急性心筋炎:典型例では、感冒様症状のあとに心不全症状、各種不整脈などが生じる経過をとる。

●急性心筋梗塞の合併症
①心室破裂:梗塞により脆くなった心室壁が穿孔し、oozingを起こす場合や大出血する場合などがある。最重症の例は左室自由壁破裂で突然の血圧低下、呼吸困難をきたし、梗塞後1~4日後に生じる。心タンポナーデを呈する。梗塞後の死亡の10%。
②心室中隔穿孔:突然左室と右室が交通し、心不全をきたす。心筋梗塞後の2%の患者で起こる。聴診で粗い収縮期雑音。穿孔の程度によって症状はさまざま。基本的に緊急手術。
③急性乳頭筋断裂による僧帽弁閉鎖不全:僧帽弁を支持する乳頭筋が断裂し、突然僧帽弁閉鎖不全。粗い収縮期雑音。
④左心室瘤:脆くなった左心室壊死部が瘤形成。収縮期に瘤は膨隆し、心機能低下。

(まだまだ出題される項目があり、随時更新していく予定である)

今回の症例では
循環器専門医により簡易心エコーが行われ、心尖部のsevere hypokinesisないしakinesisを認めたため、LAD病変だろうということで、緊急心臓カテーテル検査がすみやかに施行された。なおヘビースモーカーであり、HbA1c 10.2%とかなりコントロールの悪い糖尿病がベースにあり、冠血管イベントのリスクファクターと考えられた。
心臓カテーテル検査を行った結果、LAD♯6の閉塞を確認しPCI(percutaneous coronary intervention; 経皮的冠動脈インターベンション)が行われた(図2)。

図2:冠動脈造影。(a)左前下行枝♯6(赤矢印)に閉塞を認め、血流は途絶している。(b)PCI後、血流の再開を認める(黄矢頭)。

 その後の心電図の変化を示す(図3)。約24時間後は、ST-Tの上昇が残り、T波は陰転化し、早くもV1、V2で異常Q波がみられる。発症2日目では冠性T波が形成され、V3のR波増高不良(poor R wave progression;PRWP)を認める。発症6日目には冠性T波が軽快している。

図3:胸部誘導心電図の経時的変化。(a)救急受診時。V2、V3でhyperacute T waveを、V1~V4にST-Tの軽度上昇を認める。(b)発症1日目。V1、V2でST-Tの上昇が残り、V1~V4でT波は陰転化し始めている。V1、V2で異常Q波がみられる。(c)発症2日目。冠性T波が形成され、V3、V4ではR波の増高不良(poor R wave progrsssion;PRWP)を認める。(d)発症6日目。冠性T波が軽快している。

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