呼吸困難で救急搬送
近年、総合内科専門医試験や医師国家試験では実地臨床が重視され、実際の症例をもとにして作問されることが多くなってきています。新内科専門医試験も開始され、やはり実地問題が多数出題されているようです。そこで、これから新内科専門医や総合内科専門医を目指しておられる先生方の少しでもお役に立てればという思いで、専門医試験を試作し、解説していきます。当院で経験した症例をもとにして試験用に一部変更あるいは簡略化しています。試験傾向の分析で参考にした書物は、認定内科医試験・総合内科医試験過去問集、およびその第2集、セルフトレーニング問題集の解答解説集(以上、日本内科学会編)、クエスチョン・バンク総合内科専門医試験予想問題集(メディックメディア)、認定内科医・認定内科専門医受験のための演習問題と解説第3集(医学書院)です。なお、電子書籍『Dr. Tomの内科症例検討道場』(第3版、パブフル出版)をお持ちの方には、オリジナルの症例が実際はどうだったかについても参照していただけるよう、症例番号を記載しました。 でははじめます。
問題1
81歳の男性。既往歴:3ケ月前、肝内胆管癌で肝拡大左葉切除。2ケ月前から徐々に離床していた。1週間前より、時折体動にて数分間の呼吸困難がおこっていた。本日テレビを見ているときに急に呼吸困難が出現し救急要請。現症:身長157 cm、体重 65.5kg、体温36.8℃、血圧 132/80 mmHg、脈拍102/分、5L/分の酸素投与下でSpo2 95~98%。頚静脈の怒張を認める。呼吸音に異常はない。病的心雑音聴取せず。左下腿に浮腫あり。来院時の心電図と造影CTを示す。
(1)この患者についての診断で最も考えらえるものを1つ選べ。
(a)急性心筋梗塞
(b)原発性肺高血圧症
(c)肺塞栓症
(d)心タンポナーデ
(e)縦隔気腫
(2)この患者について誤っているものを1つ選べ。
(a)直接経口抗凝固薬(DOAC)の適応である。
(b)経カテーテル的肺動脈拡張術の適応である。
(c)D-ダイマーが上昇している。
(d)肺高血圧が生じている。
(e)左大腿に深部静脈血栓症を認める。
(類題 2016年認定内科医試験、総合内科専門医試験、2018年総合内科専門医試験)
解説 (オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例2)
1)
問診では胆管癌で手術されたという担癌患者であったこと、術後比較的長期臥床ののちに呼吸苦が出現していること、心電図、肺野の理学所見に乏しい割に酸素化が悪いこと、左下腿に片側性の浮腫が認められること、などから静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism;VTE)を疑う。この用語は下肢などの深部静脈血栓症をベースに肺塞栓症を生じた病態を指す。提示された画像では、両側肺動脈内、および左大腿静脈に造影欠損域が認められる(黄矢印)。
解答 (c)
2)
(a)原因が深部静脈血栓症と考えられ、現在ではDOACが基本的な治療薬となっている。(b)肺塞栓を起こしている血管をカテーテルで拡張しても、さらに末梢に血栓を飛ばす可能性があり、血栓自体がこれで消えるわけではなく、適応とはならない。(c)血栓形成に対して線溶系が亢進し、D-ダイマーが上昇するため、これが診断に有用である。(d)肺動脈に血栓がつまっていることを反映して肺高血圧がみられることが多く、右心負荷所見(右室拡大、右室収縮期圧の上昇など)がみられる。
解答 (b)
実際の症例では
以前はワルファリンによる抗凝固療法が行われ、ワルファリンの効果が十分でてくるまでの間はヘパリンの併用で治療されていたが、DOACの登場により、この分野の治療が大きく変わった。急性VTEに対する治療ガイドラインにもDOACが標準的な治療として記載されるようになりウロキナーゼの全身投与を行うこともほとんどなくなっている現状である。診断のフローチャートでは、D-ダイマーでのスクリーニングにより、疑わしい症例には造影CTを行うことが標準となっている。
実際の症例ではもちろん今回提示したようなキーとなる画像が多くの画像の中に紛れ込んでいるわけであり、実臨床の場で診断できるかどうかが重要である。この疾患は、ともかくこれを疑えるかどうかにかかっている。そのためにも、VTEの臨床的可能性について、Wellsスコアというスコアリングも考案されている。すなわち1. 深部静脈血栓症の兆候、症状があれば3.0点、2. 他の鑑別診断の可能性が肺血栓塞栓症よりも低いと考える場合3.0点、3. 心拍数100/分以上のとき1.5点、4. 最近4週間のうち動けない状態になった、もしくは手術をうけた場合1.5点、5. 深部静脈血栓症/肺血栓塞栓症の既往があるとき1.5点、6. 血痰があるとき1.0点、7. 悪性疾患(治療中、最近6ヶ月以内に治療、緩和治療中)がある場合1.0点、のようにスコア化し、各ポイントの合計が>6.0のとき、可能性が高い、2.0~6.0のときは中等度の可能性、<2.0のときは可能性が低い、と報告されている。今回の症例では1. 2. 3. 7.はyes、4. は厳密に4週間以内ではないが長期臥床されていた経緯もあり、yesとしてもよいのではないか、と考え、10点あり、強くVTEを考えるケースであったためすみやかに造影CTを行った。ともかく本症を疑ったら造影CTを行うことが必須である。
参考までに、今回提示した実際の症例では微熱があり、頚静脈にも深部静脈血栓が認められていたが、専門医試験用に標準的な提示に変更した。