脱力感と筋力低下

問題12

66歳の男性が歩行困難を主訴に救急搬送された。

現病歴:アルコール性肝硬変で当院通院中。1か月前から両下肢や腰に痛みが出現し2日前から脱力感と筋力低下を覚え自力歩行が困難となり、全身倦怠感が強くなってきた。嘔吐、下痢症状はない。

既往歴:肝細胞癌で2回肝動脈塞栓術の治療歴あるも再発なし。橋本病に対して甲状腺ホルモン補充療法でコントロール良好。

喫煙歴:なし。

飲酒歴:最近は5合/日、以前はもっと飲んでいた様子。

現症:意識清明。身長 162.0 cm、体重 46 kg。血圧 139/68 mmHg、脈拍 91/分、整。体温 36.9℃、Spo2 100%。頭部、胸腹部に異常を認めず。下腿に浮腫なし。四肢に麻痺はないが筋力は特に両下肢とも低下。両足背動脈は触知良好。アキレス腱反射は両側消失、上腕二頭筋、腕橈骨筋反射正常、四肢に筋強剛は認めない。触覚、温痛覚に異常なし。

検査所見:血液所見:白血球 3800/μL、赤血球 373万/μL、Hb 13.4 g/dL、Hct 36.7%、血小板 14.0万/μL、血液生化学所見:TP 6.7 g/dL、Alb 3.4 g/dL、AST 160 U/L、ALT 70 U/L、ALP 354 U/L、γ-GTP 201 U/L、CPK 4696 U/L、BUN 5 mg/dL、Cr 0.57 mg/dL、Na 140 mEq/L、K 1.9 mEq/L、Cl 100 mEq/L、Ca 6.7 mg/dl、Mg 1.5 mg/L(基準1.8~2.6)、CRP 0.20 mg/dL、随時血糖値 132 mg/dL

心電図を示す

この患者に対する最も適切な治療はどれか。1つ選べ。

(a)重炭酸ナトリウムの投与

(b)利尿薬の投与

(c)KCLの点滴静注

(d)ブドウ糖とインスリンの持続点滴

(e)陽イオン交換樹脂製剤の投与

解説(オリジナルは『Dr.Tomの内科症例検討道場』第3版 症例165)

 今回の症例は、症状として最初に両下肢や腰部の痛みが出現し、脱力感や筋力低下となり自力歩行ができなくなったという臨床経過があり、CPKが4696 U/Lで著増していることから、横紋筋融解症(rhabdomyolysis)を最も疑う。横紋筋融解症は事故や負傷などの外傷的な要因によるものと、脱水、重度の熱中症、内分泌代謝性(電解質異常として低K血症、低Na血症、低P血症、その他に糖尿病性ケトアシドーシス、甲状腺機能低下症など)、薬剤性、など非外傷性の要因とがある。また、横紋筋融解症の定義が、さまざまな原因により、筋細胞内の物質が体循環に漏出して起こる病態の総称であるため、悪性症候群や悪性高熱などで二次的に起こる病態も含まれている。そこで次に、横紋筋融解を起こした原因となる因子を考えると、今回の症例では血清Kが1.9 mEq/lと著しい低K血症となっている点に気づく。これは十分、横紋筋融解症の原因となりうる。低K血症が横紋筋融解症を起こす機序として種々の要因で酸素あるいはエネルギー必要量が増加した状況のもとでカリウムが欠乏していると血管平滑筋が収縮し、筋細胞へと血流不全が生じ、筋細胞壊死が生じるためとされている。一般に、血清Kが<2.5 mEq/lとなると筋細胞壊死が始まることが多く、<2.0 mEq/lとなると、今回の症例のように脱力、筋力低下などの低K血性ミオパチーを引き起こす。また呼吸筋の痙攣や麻痺も出現し始めるため、呼吸不全症状もみられるようになる。横紋筋融解によって筋肉から血中に流出した大量のミオグロビンは尿細管閉塞を生じ急性腎不全の原因ともなりうる。

また、低K血症が起こしうるもうひとつの重要所見は心電図異常である。低K血症では、T波が平低となり、U波が明瞭となってこのT波と癒合する。このためT波の終末部を明瞭に定めることができず、Q波の始まりからT波の終末までの時間であるQT間隔を実測できないため、実際はQT-U間隔が測定される。本症例でもおそらくT波のあとにU波が出現し癒合した形となっており、U波の終末部には次のP波が来ているため、QT-U間隔は著明に延長していることがわかる(図1)。ところで心電図上T波の頂上から下降するあたりは受攻期といわれ、電気生理学的に不安定な時期にあり、ここに心室性期外収縮が出現した場合はR on Tとよばれ、心室頻拍、心室細動などの重篤な心室性不整脈へと移行しやすい傾向がある。QT間隔が延長した場合、ここに心室性期外収縮が生じるとこのような状況に陥りやすくなる。つまり低K血症でQT間隔が延長すると重篤な心室性不整脈が生じやすくなる。

図1:心電図。平定化ないし2相性となったT波のあとにU波が出現しており低K血症に特徴的は心電図となっている。QT-U間隔が著明に延長している。

ではこの低K血症の原因は何か?という点を考える。 厳密な鑑別診断については尿中K排泄が20 mEq/Lかどうかからはじめて、各種ホルモンをチェックしながら順次鑑別していく方法がよく知られている。ただし今回の症例については、 問診からもわかるように、この患者はアルコール多飲の習慣がある。一般に慢性アルコール多飲者では慢性的なK欠乏状態にあるとされている。その理由は、慢性的な多量飲酒に伴い食事摂取量が低下したり、偏ったりして、カリウム摂取が十分できていないことがあげられる。また、Kの細胞内への取り込みや腎からの排泄などに関与しているMgの尿中への排泄をアルコールが促すこと、下痢、嘔吐、あるいは肝疾患治療のために内服している甘草などの肝庇護剤やK排泄型利尿剤などの影響なども加わるとされている。今回の症例では、内服薬に利尿剤、肝庇護剤の投与はなく、下痢、嘔吐などの症状もなかったため、やはり食事摂取も不十分な状況で飲酒が続き、偏食となって経口からのK摂取が不足していったことが主な原因と思われる。また本症例ではMgも低値をとっていた。

低K血症の補正については、血清K濃度が3.0~3.5 mEqのように軽度の場合は、症状のない症例が多く、原疾患を明らかにし、必要に応じて内服のK製剤投与を考慮する。中等度から重度の低カリウム血症(<3.0mEq/L)で症状を伴っていたり、危険な不整脈を伴っていたりする場合は経静脈的にKを補うことが推奨されている。経静脈的に投与する際にはK補正液の濃度は40 mEq/l以下とし10~20 mEq/時間の速度を超えずに投与する。今回の症例では、心電図で致死的不整脈は出ていなかったが、ミオパチーを伴っていたこととKが2.0 mEq/l未満であること、などから十分に重症な低K血症であると言えるため、経静脈的補正すべき症例である。

選択肢のうち正答肢は(c)であり、その他は、すべて高K血症の治療法である。合わせて整理しておきたい。

解答(c)

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