腹部膨満で救急受診

問題52

78歳の男性が腹部膨満と悪心を主訴に救急受診した。

現病歴:介護施設入所中であった。2日前の日中から微熱あり、食事摂取も少な目であった。。昨日朝から嘔吐あり、数回の嘔吐の後おさまったが、悪心が持続し、水分、食事摂取もできない状態となった。施設で点滴、抗生剤投与なども行われたが、夕刻には38.5℃に上昇し、クーリングで経過観察されていた。本日も悪心持続し、浣腸、摘便など行われたが排ガスや排便ないため午後当院救急受診された。最終排便は5日前。

既往歴:65歳で脳出血。治療後は右不全麻痺。66歳で脳出血再発し、失語を残した。

現症:意識清明。血圧 160/92 mmHg、脈拍 122/分、体温は受診時37.8℃、その後38.1℃に上昇。Spo2 94%、皮膚、可視粘膜に貧血、黄疸を認めず。胸部に異常なし。腹部はやや膨隆し、全体に板状硬、腸蠕動微弱。右上下肢不全麻痺あり。下肢に浮腫を認めず。

検査所見:血液所見:白血球33200/μL、赤血球516万/μL、Hb 15.5 g/dL、Hct 43.9%、血小板18.9万/μL。血液生化学所見:CRP 13.32 mg/dL、LDH 549 U/L、AST 70 U/L、ALT 31 U/L、ALP 200 U/L、γ-GTP 102 U/L、T-Bil 1.0 mg/dL、Alb 3.3 g/dL、Amy 33 U/L、CPK 3086 U/L、BUN 41 mg/dL、Cr 1.72 mg/dL、Na 133 mEq/L、K 3.4 mEq/L、Cl 104 mEq/L、BS 181 mg/dL。

腹部単純レントゲン写真(座位)、腹部造影CTを示す。

今回の患者に対する適切な治療はどれか。1つ選べ。

(a)絶飲食による経過観察

(b)イレウス管留置による経過観察

(c)緊急開腹術 

(d)内視鏡的整復術

(e)抗菌薬投与

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例54)

まず、最終排便が5日前であること、悪心・嘔吐がみられていること、腹痛の訴えははっきりしないが、腹部膨満がみられていることから腸閉塞(イレウス)を疑うべきである。さらに腸蠕動は微弱で、高熱が出ており、触診では腹部全体が板状硬であることなどから腹膜炎を生じているのではないかと考えられる。座位であるためか、あまりきれいなニボー(鏡面形成)はみられないが、拡張した大きな結腸ループがみられている。これが結腸であろうというのは、著明に拡張しているため一部のハウストラは消失しているが、今回の症例のようにハウストラはたいてい一部残っているためそのように判断できる。問題の結腸は位置からS状結腸と思われる。このようにハウストラが一部消失して拡張した結腸をその形態の画像的な特徴からcoffee bean signと呼び、S状結腸捻転の所見である。

腹部CTでは直腸に拡張はなく(青矢印)、S状結腸から以深に拡張がみられる(緑矢印)。(橙色矢印)。上腹部やダグラス窩などに腹水が貯留している(黄矢印)。また連続する画像で読影しないと判別しにくいが、腸間膜動脈を中心として腸管および腸間膜の脂肪織が同心円状にloopを描き、CT上それが渦巻き状にみられる所見をwhirl signという(橙色矢印)。拡張した腸管は捻転部に移行する手前で鳥のくちばしのように先細りとなって閉塞しており、bird beak signという(赤矢印)。

結腸軸捻転は腸閉塞症例の2~3%を占める。腸間膜根が腸管を腹壁に直接固定されているのではなく、腹腔内を自由に動きえる長い腸管があって、その腸間膜根部が狭い場合に捻転をおこしやすい。S状結腸はそのような条件を満たしており、結腸軸捻転のうち最もおこしやすい(71%を占める)部位である。高齢男性、習慣性便秘、S状結腸過長症が素因となることが多い。

S状結腸捻転に対して、通常大腸内視鏡によってねじれをとる整復術が行われる。しかし、この整復術が禁忌で、すみやかに手術をすすめるべき場合がある。その判定基準としては①S状結腸が壊死しているとわかっている症例(たとえば腸管壁内ガスや遊離ガス(free air)があるなど)、②腹膜刺激所見がある症例、③肉眼的血便があるかあるいは直腸診で血液を認め、S状結腸が壊死している可能性が高い症例、などである。整復術が禁忌である第1の理由として、捻転により腸管が壊死している場合、腸管壁は脆弱であるため内視鏡で整復した際に、穿孔しやすいことである。また第2の理由としては、捻転している腸管が壊死に陥っている場合、その腸管の腸間膜静脈内には、細菌やエンドトキシンなどが停滞していることが多く、捻転によって閉塞していた静脈を内視鏡的な整復で開通させると、いっきにこれらを全身にばらまいてしまうことになり、敗血症性ショックに陥るためである。今回の症例では、腸管の阻血状態を判定したいと思って造影CTを撮ってみたが、造影不良域があるかどうかはこれだけ拡張している腸管では壁自体が伸展によってかなり薄くうつっているため判定が難しい。しかし、著明な白血球増加や高熱を伴っており、理学所見上、板状硬で腹膜刺激症状があると考えてよく、腹水もこれだけ貯留していればやはり腸管壊死を伴っていると考えるのが妥当である。したがって、治療の選択肢としては緊急手術となる。

解答:(c)

実際の症例では

今回の症例では緊急手術を行い、黒色に変色し拡張したS状結腸を切除した。また肉眼的には明らかな穿孔部位は認めず、人工肛門を造設し閉腹した。

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