清水の舞台から飛び降りる

新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、外出も自粛している昨今の状況です。自宅でたまにやっているペーパーナノで清水寺を作ってみました。完成したものをよくみるとひとつひとつのパーツが不ぞろいで、写真にとって拡大すると何とも下手ですが、一応できました。では、歴史探訪できないかわりに清水寺にまつわるエピソードを採りあげてみます。

清水寺は平安時代の初めに征夷大将軍として東北に派遣され蝦夷征討に功をあげた坂上田村麻呂の創建で建てられました。現在のような崖に突き出る形で建てられ上から下を見渡せる本堂は清水の舞台としても有名で、江戸時代寛永期に建てられたものですが、すでに平安時代にその原型が完成していて、そばには今よりも多くの樹木が茂っていたようです。リスクはあるが何か大きなことをおもいきってやる場合に、清水の舞台から飛び降りる気持ちでやる、という表現がありますが、これはこの清水寺の舞台から飛び降りるつもりでやるということがもともとの意味でした。平安時代に、本当にここから飛び降りた人のことが今昔物語集に描かれています。高校の教科書で読まれた方もおられるかもしれません。検非違使(現在の警察、交番の巡査のような役職)であった忠明という者が、そのころ京都にいた不良少年と口論となりました。刀を抜いてきた相手に対しで忠明も刀を抜いて受けて立ちましたが、相手には仲間が多くいたようで忠明は劣勢になり、じりじりと清水寺の最上階へ。退却する進路も、相手の仲間たちで閉ざされ万事休す。そこで忠明がとった行動は、蔀と呼ばれる板を両腕にかかえ、鳥のように無事に下まで舞い降りて難を逃れたそうです。今昔物語では、忠明が、飛び降りる前に「観音たすけたまえ」と祈ったために観音様が助けてくれたという観音信仰のありがたさを述べて話を結んでいます。清水寺の舞台は地上からは約13メートル高さがあります。明治5年に京都府から舞台飛下り禁止令が出されましたが、元禄7(1694)年からその時までの178年間に飛び降りた人の記録が寺の倉庫からみつかりました。その数は234人、崖の下は今より木が多くてクッションの役割ができたことや、着地の際に、崖の土も軟らかかったっということもあるでしょうが、命を取り留めた人は200人で生存率は85%もあったようです。この点、いくら飛び降りてもほぼすべて死亡するというわけでもなく、観音信仰を勧めるエピソードにするのにちょうどよいくらいの生存率だったわけです。

 人生の中で、忠明ほど究極の選択をせまられることはそう多くないと思いますが、この話を読んで忠明のとった行動を考えました。検非違使という立場であるならたとえ一人であってもどうどうと大勢の者と戦うべきではなかったのか、えらく臆病じゃないか、という人もいるかもしれません。しかし、私はその逆を感じます。相手が刀を抜いた、こちらも抜刀して牽制する、しかし追い詰められたので、とことん逃げて逃げて逃げまくる。清水寺の舞台まで逃げたのですから相当逃げたんでしょう。そしてそれでも追い詰められ逃げ場を失ったにもかかわらず、なお生きる望みをすてず、板を両手でもって鳥になって舞い降りた。そこにはこの世に生を受けていただいた命を最後まで大切にしたい、少しでも自分が考えられる可能性のある策をすべて出し尽くし、望みがある限り生き抜くという意志がみなぎっています。鎌倉時代になって武士の精神、恥を知る精神、などが広く重視されるようになりますが、この時代にはそのような精神論などに振り回されない、純粋で素朴な人間魂にあふれている人物像を感じます。そして、考えられる限りのことをすべて出し切ったうえで、あとは神様でも、観音様でも、ということです。

 現在、新型コロナウイルスが猛威を振るっているなか、私は勤務先の病院でさまざまな院内感染対策を講じている日々です。幸いにもこれまでのところでは1例も院内感染と考えられる事例は経験していません。これだけやったのだし、あとは院内感染が起こらないことを祈るのみか、と安易に思わず、まだやることは1つでも残っていないか、本当にこれで十分か、と絶えず自分に言いきかせながら、考えうるありとあらゆる策を取り入れて、微塵の後悔もあとあとないようしていきたい、日々そのように感じながら診療にあたっています。今後は、簡易抗原検査ができるようになり、感染歴の有無も抗体検査で判明するようになるでしょう。さらに治療面では、抗ウイルス薬、ワクチン開発なども実現するでしょう。まさにウイルスの猛威と人間の英知との戦いのような気がします。ウイルス研究者、臨床医、医療材料や機器の生産者、行政部門担当者、それぞれの立場で知恵を出し切り、この難局を乗り切りたい。そして次の世代の人たちが、「今となっては昔のこと、新型コロナウイルスと名付けられたウイルスが、、、、」といって、われわれが頑張った時代を振り返ってもらえることができるようにしたいと思っています。

追記

2020年6月14日 新型コロナウイルス感染拡大に伴う自粛も緩和され、清水寺に行きました。ホームページなどでは改修工事は終了とことが書かれていましたが、残念ながらまだ足組の柱にはカバーがかかったままとなっておりました。

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