記憶がとんだ

問題116
72歳の女性が、部分的に記憶がとんでしまっていることに気づき受診した。
既往歴:高血圧症、高脂血症、白内障。
現病歴:午後に地元の会合で10人ほど集まってゲートボールをしていた。13時から30分間、準備運動をしていた時の記憶はある。準備運動のあと、友人としゃべっていたことも覚えている。しかしその後、ゲームが始まってから記録されていたゲートボールのスコアをみて自分がしていたことを思い出そうとしてもその時の記憶がないことに気づき、「なぜここでこんなことしているの?」と同じことを繰り返し周りの人に聞くようになった。翌日当院を受診した。受診日の朝以降の記憶は戻っており、それ以降同様のエピソードはない。
現症:意識清明。血圧111/69 mmHg、脈拍65/分、整。頸動脈に血管雑音聴取せず。心肺に異常を認めず。腹部平坦、軟。神経学的に異常を認めず。
血液生化学所見:白血球4540/μL(好中球62.3%、リンパ球28.2%、単球6.4%、好酸球2.0%、好塩基球1.1%)、赤血球416万/μL、Hb 13.0 g/dL、Hct 39.0%、血小板21.4万/μL、PT 9.9 sec(121.5%)、APTT 25.0 sec、D-dimer 0.7μg/mL、CRP 0.03 mg/dL、LDH 226 U/L、AST 19 U/L、ALT 17 U/L、ALP 70 U/L(基準38~113)、γ-GTP 15 U/L、T-Bil 1.1 mg/dL、Alb 4.5 g/dL、AMY 83 U/L、CPK 81 U/L、BUN 20 mg/dL、Cr 0.61 mg/dL、Na 141 mEq/L、K 4.1 mEq/L、Cl 105 mEq/L、Ca 9.5 mg/dL、空腹時血糖 99 mg/dL、UA 4.0 mg/dL、LDL 170 mg/dL、TG 94 mg/dL、TSH 0.813 μIU/mL(基準0.610~4.230)、FT4 1.07 ng/dL(基準0.88~1.50)。
頭部MRI+MRAを施行されたが異常を認めなかった。

問題
本患者について適切なものはどれか。1つ選べ。
(a)脳波ではしばしばてんかん波が認められる。
(b)失語や失行を認めない。
(c)抗てんかん薬を投与が今後必要となる。
(d)失われた時の記憶は、時間とともに回復する。
(e)再発率は半数以上ある。

解説
問診内容からは典型的な一過性全健忘と考えられる。この発作は頭部外傷などのきっかけもなく突然発症し、発作中は意識清明で行動異常もないが、その時の新たなことを記憶することができない。もともと覚えている自分の名前、年齢、職業、などは覚えているが、今自分が何をしているのか、どのような状況におかれているのかという新たなことを記憶できない(前行性または順行性健忘)。このため、周囲の人から今の状況を説明されても記憶できず、今起きていることを聞くために同じ質問を繰り返す。今回の症例でも、記憶がなくなっていると自覚してからその後は、同じ質問を繰り返し、それ以降は新しい情報を記憶にとどめることができなくなっている。通常は5~6時間、遅くとも24時間以内に回復するが、回復後も発作中のことは思い出だせない。通常は軽度の逆行性健忘も伴い、今回の場合も、記録されたスコアをみてその時のことを振り返ろうとしても思い出せないでいる。
Hodgesらの診断基準(1990年)によると、①発作中の情報が、ほとんどその間の目撃者から得られる(本人からの情報はほとんどない)、②発作中の順行性健忘がある、③失語や失行はなく高次脳機能障害は健忘に限られる、④発作中や発作後に明らかな神経学的局所徴候はない、⑤てんかんに特徴的な所見はない(したがって本疾患ではてんかん波は認められない。ただし一度の脳波のみでてんかんを否定しきることも難しい。)、⑥発作は24時間以内に消失する、⑦最近の頭部外傷はなく活動性のてんかん(現在治療中、あるいは過去2年以内のてんかん発作)は除外する。50~70歳の発症が75%を占め、40歳未満での発生はまれである。社会的技能は保たれ、車の運転、料理などは可能である。即時記憶や遠隔記憶は保たれている。
病因は明らかではない。推測されている誘因としては片頭痛発作、低酸素血症(脳虚血)、静脈還流異常、てんかん発作、心理的因子、大量飲酒、鎮静薬(バルビツール酸系、ベンゾジアゼピン系)服用、性交、息こらえ(水泳、バルサルバ手技)、などがある。
原因は両側海馬の機能障害によると考えられており、頭部MRI拡散強調画像では、発症直後には異常なく、発症6~72時間で、海馬CA1領域に小さな高信号域を認めることがあり、一過性全健忘に特徴的とされる。しかし、この所見も発症10日後までに消失する。発症後24時間で海馬病変を検出できる患者はわずか12%に過ぎない。3日後にthin sliceであれば検出率は81%に上昇する。病変が3日後に描出されやすくなる理由は不明である。臨床経過として、片頭痛やてんかん発作が誘因である場合を除き、ほとんど再発しない。生涯再発率は約5~25%である。脳卒中のリスクを増加させる因子にはならない。

解答 (b)

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