食欲不振と体重減少のアルコール多飲患者

問題117
73歳、男性が食欲不振で来院した。
現病歴:4年前に膵炎で1か月ほど入院加療したとのことであるが詳細は不明である。最近、食欲不振が続き、この1年で6 kgほど減ったため精査希望されて来院した。
既往歴:飲酒歴:日本酒3~4合/日。喫煙歴:62歳まで40本/日。
現症:身長172.5 cm、体重78.0 kg。血圧 147/60 mmHg、脈拍 62/分、整。体温 36.5℃。SpO2 99%。心・肺に異常を認めず。腹部は平坦、軟。肝・脾瘤触知せず。
血液生化学検査所見:白血球8600/μL、赤血球407万/μL、Hb 13.0 g/dL、Hct 37.4%、血小板 29.7万/μL、CRP 0.08 mg/dL、LDH 201 U/L、AST 19 U/L、ALT 17 U/L、ALP 138 U/L(基準110~360)、γ-GTP 29 U/L、T-P 7.3 g/dL、Alb 4.6 g/dL、BUN 15 mg/dL、Cr 0.86 mg/dL、CPK 111 U/L、Na 137 mEq/L、K 4.5 mEq/L、CL 105 mEq/L、UA 5.0 mg/dL、LDL 81 mg/dL、HDL 53 mg/dL、TG 55 mg/dL、CEA 4.6 。
腹部CTを示す。

単純CT

造影CT早期相

問題
本患者に認められる所見として、考えにくいものを2つ選べ。
(a)空腹時血糖の上昇
(b)HbA1cの上昇
(c)血清IgG4の上昇
(d)BT-PABAの排泄率の上昇
(e)血中Cペプチドの低下

(類題 2016年認定内科医試験)

解説
これは膵臓の実質や膵管内に石灰した像が多数認められており、膵石症と考えられる。原因は今回の症例のように65%がアルコール多飲であり、男性ではこれが多く、特発性(原因不明)の症例は20%で女性に多い。膵石症は慢性膵炎の重要な合併症である。本患者の場合、おそらく以前の膵炎もこの膵石が陥頓をきたし膵管内圧の上昇を伴って急性膵炎が生じたものと想像される。最近、食欲不振が続いているということであるが、膵外分泌機能の低下に伴い消化酵素の分泌が低下し、食欲不振が生じていると考えても矛盾はない。主膵管が拡張しているため膵ダイナミックCTやMRCPなどによって主膵管閉塞機転を起こしうる占拠性病変がないかを慎重に調べる必要はある。今回の症例では、膵頭部を中心に膵石が密に分布しており、主膵管内の膵石が膵液のうっ滞をきたし、そのためにそれより尾側の膵管が拡張しているようである。体尾部にも膵石は多数認められるが、これらは主膵管内ではなく膵実質内を中心に分布している。膵液の慢性的なうっ滞は膵機能の低下を起こし、膵炎発作の再燃を起こしうる。そこで、まだ膵機能が廃絶していないと思われる時期、言い換えると膵委縮(頭部では23 mm、体部では20 mm、尾部では15 mmぐらいが正常の水平断の厚み)が顕著に進んでいない時期には、膵機能の改善目的と膵炎発作予防目的で、体外衝撃波結石破砕術(extracorporeal shock wave lithotripsy:ESWL)、内視鏡治療、場合によっては外科治療、などのいくつかの侵襲的治療を単独あるいは組み合わせて、陥頓膵石の除去を行うことが推奨されている。膵管内結石であっても上記の方法で治療困難なものに対しては,膵管内圧の減圧を目的に膵管ステント留置の定期交換のみを行う場合もある。一方、尾側の膵萎縮が著明な症例や膵管内ではなく膵実質に存在する膵石症では、たとえ多発していても有症状化することは稀であり、経過観察としている場合がほとんどである。膵管内の腫瘍性病変の有無については、膵ダイナミックCT(今回の問題では早期相しか提示していないが後期相でも評価した)、MRCP、超音波内視鏡(EUS)などを行った結果、否定的となった。
では膵機能の改善目的ということであるが膵機能をどのように評価するか?膵臓の機能には、アミラーゼなどの膵酵素を十二指腸乳頭から排出する外分泌機能と、インスリン、グルカゴン、ソマトスタチンなどのホルモンを血中に分泌する内分泌機能がある。膵外分泌機能は、実際の膵酵素の血中濃度をチェックすることである程度の目安にはなるが、正確に評価する試験としてはBT-PABA試験がある。BT-PABAを経口投与すると、膵臓のキモトリプシンによって加水分解を受ける。すると、PABAが遊離し、小腸で吸収される。PABAは肝臓でグルクロン酸抱合を受けると、腎臓から尿中へ排泄される。服用開始6時間後までの畜尿を提出し、PABA排泄率を測定する。尿へどの程度のPABAが排泄量されたかをもとに、膵臓のキモトリプシン活性を間接的に測定することができ、膵外分泌機能の異常を調べることができる。6時間排泄率で70%以下に低下が認められたらキモトリプシンなどの外分泌能の低下が示唆される。また膵内分泌機能については主に空腹時の血中インスリン濃度、同じく空腹時の血中Cペプチド(内因性インスリンの指標)、随時血糖値などで評価される。もちろんインスリン分泌能が低下すれば血中インスリンの低下、血中Cペプチドの低下、随時血糖値の上昇が起こりうる。今回の症例では、HbA1cが12%もあることが判明し、少しずつ高浸透圧利尿により体重減少が進行していた可能性が考えられた。
ところで膵石症に対する治療によって、膵外分泌機能の改善を示す報告はあるが、この膵内分泌機能の改善まで起こるかどうかは不明である。また大規模研究がまだないため結論は得られていないが、膵石症は、膵癌の発症にも関連していることを示唆する報告もある。このため膵石に対する治療が十分でなかった場合や、膵萎縮が強く積極的治療を行わなかった症例などでは、腫瘍マーカー(例えば3か月に1回)、腹部超音波検査(例えば半年に1回)、造影CTまたは造影MRI(例えば毎年)チェックしながら厳重に経過観察していく必要がある。

解答 (c)(d)

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