1=0.99999・・・・・の発想
1と0.999・・・・はどちらが大きいでしょうか。0.999・・・はすでに1の位が0なのでいくらあとの数ががんばったところで所詮1よりは小さくなると一見思われます。ところが数学では1=0.999・・・・・が正しいのです。なぜなら1/3=0.333・・・・ですから、=の右の数字と左の数字をいずれも3倍すれば1=0.999・・・・・となります。これは本当に数学では正しいというのです。私は、何かにつけてこの数式をいつもしみじみと思い出します。1にとってみれば0.999・・・・は「どうせおまえはおれより小さいな」と鼻でばかにします。一方0.999・・・は1の位が0であり、とうてい1と同じレベルに達することはできないと絶望的な思いをするでしょう。しかしそれでも何とか1に近づいてやろうとして0.9の次の小数第2位に9、小数第3位にも9、さらに次も9と、次々と9を並べてきています。そしてあきらめずにこの9を並べ続ける努力をし続ければ、それは結局1になることができる、ということをこの数式は教えてくれています。
私は、現在勤務している病院で院内感染対策の責任者をしています。今回の新型コロナウイルスに限らず感染制御をしていると感じます。きっとウイルスや細菌は、「こっちにもいるよ、あっちにもいるよ、おれたちを全滅させることは無理だよ」と、われわれ人間のしていることを鼻でわらうかもしれない。もちろん、微生物を全滅させることはできないけれど、われわれの持っている知識、経験、データを駆使して、微生物を何とか追いつめたい。これは半ば無理とわかっているようなことと感じながらも、そうはさせまいと、少なくとも人に感染させないレベルまで、微生物を追い詰め続ける活動ともいえます。もちろんそれでもすり抜ける微生物があるかもしれませんが、みんなで知恵を出し合いながら、情報も収集し、今やれることをすべてやり続けることしかないということです。そして0.99999・・・が1にはなれないと思いながらも9の数字を並べ続けているのと同じようなことであり、この状態が続けていければ、それが目標に達していることを意味しているともいえます。逆にいくら9をがんばって続けていっても、どこかで9が終わってしまえばそれは1より小さくなってしまう。いわば敗北を意味します。
またこの数式はもうひとつ別の面を示してくれます。0.9999・・・・=0.9+0.09+0.009+・・・・です。つまり、最初は0.9ですが小数第2位に9をつけようとすれば、0.9ではなく0.09ですむのです。次の小数第3位に9をつけるには0.09ではなくさらに小さい0.009ですみます。つまり、1に近づこうとする努力は、最初は0.9という力を注ぐことが必要でも、次には0.09の努力、さらに次は0.009の努力、というように、徐々に力をそれほど注がなくてもよいことを示しています。私は、感染制御の基本は手洗い、手指消毒にあると思っています。この習慣を院内だけでなく、広く街ぐるみで徹底、強化する運動をしていきたいと思っています。新しいことを始めるにあたって最初はかなりの労力が必要と思いますが、徐々に広がっていけば、それが当たり前のようになり、労力は少なくてすむようになるでしょう。院内で感染制御にたずさわってきた立場の私として今こそ是非この素朴な運動を始めたい。クリーンな街づくりはクリーンな手指から、をスローガンに素朴な運動を発信していければ、と思っています。