「殺しの序曲」の名セリフ
今でこそこのようにブログを開設したり、専門医試験の試作集を作って解説を書いたりしている私ですが、研修医であった頃は、自他ともに認める大変要領の悪いいわゆるどんくさい医師でした。今のようにインターネットはない時代でしたから、納得いかないことや疑問点があると医局へ本をさがしに行って調べたりしてすぐ時間がたち、指示漏れも多くいつもナースからしかられたり、症例のプレゼンテーションも長々と要点をえないで司会の先生からあきれられるし、結局、みんなが病院から姿をけした遅い時刻になって、一人とり残されて病棟で仕事している毎日でした。みんないつの間に仕事をしているのだろうか、こんなに要領が悪く仕事ができないようでは一人前の内科医になれるのだろうか、とよく考えていたものです。そんなとき、アメリカのテレビ番組で刑事コロンボというシリーズものが放映されていました。いつも、ぼろぼろのレインコートを着て、一見どんくさそうな風貌をしながら、大物政治家、大物スターなどの犯人に、ねちこくねちこく食い下がり、最初はばかにされながらも徐々に追いつめていきながら、最後は真犯人の逮捕に至る、そんなパターンのストーリーが多い番組でした。そのシリーズの中の「殺しの序曲」という話のなかでは、犯人はすごいIQの天才集団の会長でした。犯人が、コロンボのみごとな推理によって逮捕されてから、「あなたは天才だ、他の職業を考えてみたことはありますか」とコロンボに尋ねます。そこでコロンボはこのように答えます。「世の中ってのは不思議ですねえ。あたしはどこへ行っても秀才にばかり出会ってね。学校にも頭のいい子は大勢いたし、軍隊に初めて入った時にも、おっそろしく頭のいいのがいましたよ。ああいうのが大勢いちゃ、刑事になるのも容易じゃない、と思ったもんです。あたし考えました。連中よりせっせと働いて、もっと時間をかけて、本を読んで、注意深くやりゃ、ものになるんじゃないかってね。なりましたよ。あたしは、この仕事が心底好きなんです。」もちろんコロンボは実在の人物ではなく説得力はあまりないのですが、なぜかそのセリフが頭にこびりついて勇気づけられました。自分のように要領が悪い者でもこつこつやっていけばそれなりにものになるのかなと思ったものです。毎年当院に就職する研修医には、なかなか要領がつかめず、すいすいと仕事ができないでいる先生もおられます。でもそういう人こそ応援したい。なぜなら自分がそうだったから。そしてそこであきらめずにやってきて、医師としてやってきたことが本当によかったと思える今の自分があるからです。