息切れと下腿浮腫

問題47

63歳の男性が息切れと下腿浮腫で来院。

喫煙歴:20歳から20本/日

現病歴:43歳の時から労作時の息切れを自覚。他院を受診され、慢性閉塞性肺疾患(COPD)を指摘された。49歳の時に肺炎を合併し他院に入院加療され、退院後はそちらに通院されていたが、61歳から通院を中止していた。2週間程前から息切れが増悪した。1週間前から両側下腿浮腫が出現し、徐々に浮腫は上半身へと広がるため当院受診された。

現症:努力様呼吸なし。血圧 122/83 mmHg、脈拍125/分、整。体温36.1℃、Spo2 85%(以前に他院通院中も80%後半だったとのこと)、頸静脈怒張を認める。胸部;Ⅱp音の亢進を認める。頻拍あり。肺野はラ音聴取せず。両側下腿に中等度圧痕の残す浮腫あり。

検査所見:血液所見:白血球5100/μL、赤血球492万/μL、Hb 16.8 g/dL、Hct 54.2%、血小板12.5万/μL、血液生化学所見:Alb 3.8 g/dL、BUN 21 mg/dL、Cr 1.01 mg/dL、AST 26 U/L、ALT 25 U/L、LDH 212 U/L、BNP 665.2 pg/mL、CRP 0.07 mg/dL

肺機能検査:努力性肺活量1.11 L(予測値の29.5%)、1秒量0.44 L(予測値の13.5%)

胸部単純レントゲン写真を示す。

問題 まず行う治療として適切なものを2つ選べ。

(a)短時間作用型気管支拡張薬

(b)利尿薬投与

(c)副腎皮質ステロイド薬投与

(d)抗菌薬

(e)酸素療法

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例102)

下腿の圧痕を残す浮腫と頸静脈の怒張があり、血液検査でBNPが665.2 pg/mLと高いため、右心不全の可能性が考えられる。さらに問診では本患者が肺気腫とブラがあることを指摘されて20年もたっており、COPDとしての病歴が長いことに注意したい。肺機能検査をみると、努力性肺活量も1秒量もかなり低く、著しい混合型換気障害が認められる。実際Spo2も85%しかないが、そのわりに、本人の呼吸器症状は意外に軽いことからも、かなり長期間にわたり低酸素血症が持続し、その間に身体が徐々に順応されてきたものと推測される。

胸部単純レントゲン写真では、肺野については右上肺野に胸膜に接した浸潤影がみられるが比較的辺縁は明瞭であり、炎症反応がないことから考えても、これは陳旧性病巣ではないかと思われる。肺実質は両側過膨張となっており肺気腫が疑われ、両側上肺野に巨大なブラが存在している。一方、血管陰影については、両側主肺動脈、右肺動脈下行枝の拡張が目立ち、心陰影については、左第4弓が頭側に向いた形で特徴的な突出を呈しており、これは右室辺縁を反映しており右室拡大を示唆する所見である。しかしそのわりに左第3弓の突出は目立たず左房負荷は少なそうな印象である。以上から、右室負荷がかかった状態ではないかと疑われる。

 肺炎など一部の肺の肺胞内が低酸素状態になるとその領域でのガス交換がうまく行えなくなるため低酸素血症をひきおこす。そこで生体の反応としては、そうした低酸素状態にある領域の細小血管とよばれる肺の血管を収縮させて(これを低酸素性肺血管攣縮という)、低酸素の影響が全身へ波及しないようにし、反対に、病変以外の正常な肺へは血流量を増加させ、少しでも低酸素血症が増悪しないようにはたらく。ところが慢性閉塞性換気障害(COPD)の患者では、ほとんどの肺胞内で低酸素状態となっており、それを代償しようとする正常な肺胞も少ないため、肺の広範囲にわたり細小血管が収縮し、その結果、心臓から肺への血流に正常以上の抵抗が生じ肺高血圧症となる。一般的に肺動脈圧の正常値は収縮期圧15~30 mmHg、拡張期圧2~8 mmHg、平均圧9~18 mmHg とされており、安静時の肺動脈圧が平均圧で 25 mmHg 以上の場合に、肺高血圧と定義する。結果として肺へいく血流抵抗が高くなるため右心負荷がかかり右心不全を生じる。

 肺高血圧症は、このような換気障害による末梢血管の収縮によっておこるもののほかに、肺血栓塞栓症のように肺血管障害によっておこるもの、あるいは先天性心疾患で左右シャントが生じて左心系から右心系へと血流が増えておこるものもある。その他、膠原病によるものや特発性のものなど数多くの原因がある。このうち換気障害や肺血管障害によって肺高血圧が生じ、右心不全となる場合を肺性心(Cor pulmonare)という。通常、肺性心というと慢性肺性心を指すことが多く、その多くはCOPDである。一方、急性肺性心の代表は肺血栓塞栓症である。

COPDの重症度分類と治療方針を示す(図1)。もちろん本症例はⅣ期の最重症COPDにあたる。そこで今回のような重症以上の症例では、薬物療法として長時間作用性抗コリン薬(long-acting muscarinic antagonist;LAMA)とβ2刺激薬(long-acting β2-agonist;LABA)の併用が主体となり、適宜吸入ステロイド薬も併用することとなる。さらに低酸素性肺血管抵抗を改善するため、酸素療法も必要である。また右心不全の治療として少量の利尿薬が処方される。

図1:安定期COPDの管理。重症度はFEV1の低下だけではなく、症状の程度や増悪の頻度を加味し、重症度を総合的に判断したうえで治療法を選択する。増悪を繰り返す症例には、長時間作用性気管支拡張薬に加えて吸入ステロイド薬や喀痰調整薬の追加を考慮する。(COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン第4版)

解答:(b)(e)

実際の症例では

今回の症例の心エコー所見を示す。

図2: 心エコー所見。(a)左室エコーでは明らかな異常なし。(b)大動脈、左房エコーでも明らかな異常なし。(c)下大静脈が27 mmと著明に拡張している。(d)右室エコーでは、右室が著明に拡大している。(e)右室拡大のため、心室中隔の扁平化が認められ(赤矢頭)、左室は圧排を受けD-shapeを呈している。 (f)三尖弁エコーでは弁口において最大流速3.2 m/sec、圧較差41 mmHgと著明に上昇しており、肺動脈圧にして少なくとも50 mmHgは見積もれ、肺高血圧である。

実際の症例では、LAMAとしてチオトロピウム(スピリーバ®)吸入 18μg 1カプセル/日にLABAとしてツルブテロール(ホクナリン®)テープ1枚/日を処方した。COPDの初期治療としてLAMA単独の吸入薬が一般的であるが、今回のような重症以上の症例には現在ではLAMA/LABA合剤の吸入薬も市販されており、そのような処方で開始することも可能である。

Follow me!