喘鳴を伴い急速に進む呼吸苦

問題48

67歳の男性。3日前からの咳嗽、喀痰、発熱のため来院。胸部単純レントゲン写真で肺炎が疑われた。19:50持続点滴ルートを確保して喀痰検体採取後、入院。20:00 39℃台であったためロキソプロフェン投与。20:30 呼吸苦は少しあったが看護師の訪床時も特に訴えはなかった。22:10 ナースコールあり。呼吸苦、鼻閉の訴えあり、喘鳴が悪化していた。Spo2 80%台まで低下。経鼻カニューラで酸素投与2 L/分から開始するもSpo2改善せず、マスク投与に変更してすみやかに投与量を上げていくもSpo2変わらず。酸素10 L/分投与で、血圧105/65 mmHg、Spo2 80~90%。

既往歴:糖尿病、気管支喘息、アレルギー性鼻炎で近医通院中。内服薬としてシタグリプチン(ジャヌビア®)、メトホルミン(メトグルコ®)、セレスタミン(セレスタミン®)、吸入薬としてブデソニド・ホルモテロール(シムビコートタービュヘイラ―®)を定期処方されている。

現症:両側肺野に軽度喘鳴を聴取。病的心雑音聴取せず。両側下腿や顔面に浮腫はなく、頸静脈怒張も認めない。

検査所見:血液所見:白血球10500/μL、赤血球438万/μL、Hb 13.4 g/dL、Hct 39.2%、血小板21.4万/μL。血液生化学所見:CRP 23.67 mg/dL、LDH 218 U/L、AST 43 U/L、ALT 53 U/L、ALP 348 U/L、γ-GTP 52 U/L、Alb 3.3 g/dL、Amyl 47 U/L、CPK 118 U/L、BUN 17 mg/dL、Cr 0.88 mg/dL、Na 127 mEq/L、K 4.5 mEq/L、Cl 94 mEq/L、Ca 8.6 mg/dL、BS 273 mg/dL

この時点でもっとも初期に行う対応はどれか。

(a)プレドニゾロンの点滴投与

(b)デキサメタゾンの点滴投与

(c)アドレナリン筋肉内投与

(d)メチルプレドニゾロンの点滴投与

(e)抗ヒスタミン薬の点滴

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例136)

 非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)過敏喘息(いわゆるアスピリン喘息)の症例である。入院時は、肺炎の症状であったが、38℃以上の発熱がありロキソプロフェンが投与された。この30分後ぐらいから呼吸苦が出現した。最初は看護師が訪床したときにも患者自身の訴えはなくその程度の軽い症状だったのである。ところが、22時10分、つまりロキソプロフェン内服後約2時間の時点では、マスク酸素10 L/分投与でもSpo2が90%に達しておらず、この2時間で急速に喘鳴が出現、悪化し、急性呼吸不全を呈していることがわかる。NASIDs(アスピリンも含む)を内服後、通常1時間以内、遅くても2時間以内に急激に気管支喘息が発症あるいは悪化し、鼻症状の悪化(鼻汁や鼻閉)、咳嗽、呼吸苦、(時に嘔気や腹痛、下痢などの腹部症状)がみられる場合には、NSAIDs過敏喘息を強く疑わなければならない。成人以降発症の喘息患者の10%を占めるといわれている(小児喘息患者ではまれ、重症喘息患者では30%以上)。重症例では頸部から顔面の紅潮、稀に皮疹もみられる。喘息を誘発する薬剤の形態としては注射薬や坐薬>内服薬>貼付薬や塗布薬の順で症状が早くかつ強く起こる。

この発症メカニズムを図1に示す。一般にNSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素を阻害することにより抗炎症作用や鎮痛作用を発揮する。COXにはCOX-1、COX-2と2種類があり、抗炎症作用などに関わるのは主にCOX-2の方だが、NSAIDsはCOX-1、COX-2ともに抑制する。一方、COX-1の方は、プロスタグランジン群の産生に必要な酵素であり、これが抑制されると本来プロスタグランジンになるはずだった材料のアラキドン酸から、別の酵素であるリポキシゲナーゼの働きでロイコトリエンの産生が亢進する。このロイコトリエンが喘息を惹起するとされている。保険未収載ながら、NSAIDs過敏喘息の患者では、ロイコトリエンの代謝産物である尿中ロイコトリエンE4が上昇している。NSAIDsでアラキドン酸経路がブロックされてロイコトリエン産生優位になることが原因なのでこの疾患は基本的にアレルギー反応ではない。

なお喘息を悪化させる作用の強い薬剤は酸性のNSAIDsであり、チアラミド(ソランタール®)など塩基性の NSAIDsは比較的安全であり、またCOX-2選択的阻害薬であるセレコキシブ(セレコックス®)やアセトアミノフェン(カロナール®)などNSAIDs以外のものを用いることも選択肢としてありうる。

図1:NSAIDS過敏喘息の機序。NSAIDsによってプロスタグランジン産生が抑制される結果、アラキドン酸からのロイコトリエン産生が促進され、これが喘息を誘発する。

NSAIDs過敏喘息の治療については、通常の気管支喘息発作と異なりNASIDs内服後、急速に症状が悪化していくため迅速な対応が必要である。まずSpo2をモニターし、十分な酸素投与を行う。NSAIDs過敏喘息の場合は気管支拡張剤の吸入やステロイドの点滴などではなく、アドレナリン投与をまず行う。アドレナリンが有効であることがポイントである。アドレナリン0.3 ml(0.3 mg)を筋肉内注射する。アドレナリンは皮下注射よりも筋肉内注射の方が即効性は高いとされている。持続点滴が確保されていない症例では、まずアドレナリンを注射してから末梢静脈の血管確保を行う。アドレナリンは喘息症状だけでなく、鼻症状、皮膚症状、消化管症状などにも有効であり、積極的に使用する。15分ごとに2~3回繰り返してもよい。続いてステロイド(+アミノフィリン)を点滴投与する。特にNSAIDs過敏喘息の場合、さまざまなステロイドの作用のなかでもアラキドン酸代謝抑制作用に期待したものである。ただしNSAIDs過敏喘息の場合はステロイドの使用に注意を要する。まずステロイドの急速静注は症状の悪化をきたしやすく禁忌である。さらに通常の喘息患者とは異なり、コハク酸エステル構造にも過敏であることが知られており、リン酸エステル型のステロイド(この中に含まれる添加物にも過敏反応を示すことがあるためステロイド力価の高いベタメサゾン(リンデロン®)、デキサメサゾン(デカドロン®))を用いるようにする。その他、鼻閉、顔面紅潮、皮疹などが出ている場合は抗ヒスタミン薬の投与(これらの症状にはアレルギー反応が加わっていることも想定されている)、また内服可能であれば直ちに抗ロイコトリエン薬を内服させる。最初の数時間さえ乗り切れば、あとは薬剤の効果が消失してくるとともに発作も軽快する。なお通常の喘息で使用する気管支拡張剤の吸入は禁忌ではないが、実際このような短時間で一気に低酸素をきたして進行する本疾患の場合、今回の症例のように酸素吸入を優先させることになりできない状況となる場合が多い。

 慢性期の管理としては、通常の気管支喘息と同様に、コントローラーとして吸入ステロイド薬の処方が中心となるが、発症機序からも想定されるように、特にNSAIDs過敏喘息では抗ロイコトリエン薬の有効性が高い。また患者は鼻茸(鼻ポリープ)、副鼻腔炎を伴うことが多く嗅覚の低下も合併している場合が多い(鼻茸副鼻腔炎患者の50%以上にNSAIDs過敏喘息がみられる)。このような場合は内視鏡下手術、点鼻ステロイド薬による治療を行うと喘息のコントロールが良好になるといわれている。

解答:(c)

実際の症例では

鼻閉があったため本症例でも耳鼻科で診察していただいた結果、両側嗅裂方向に小ポリープ、両側中鼻道、右上鼻道にも小ポリープを認め、ステロイド点鼻薬であるモメタゾン点鼻薬(ナゾネックス点鼻液®)を処方された。

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