立てなくなった

問題46

57歳の女性が四肢の脱力を訴えて来院。

既往歴:糖尿病、高血圧で当院通院中。飲酒歴(-)。喫煙歴 (-)。

現病歴:3週間ぐらい前に発熱が4日間ほどあったが、下痢、咳嗽、咽頭痛などの症状はなかった。2週間前から起き上がりにくくなった。3日前より上肢にも力が入らず壁につかまれないため立位をとることができなくなった。昨日から物を食べようとしてもむせて食べられなくなった。本日動けなくなって救急外来を受診した。

現症: 血圧177/92 mmHg、脈拍102/分、体温36.7℃、呼吸数 36/分、Spo2 99%、意識清明、皮膚可視粘膜に貧血、黄疸なし。表在リンパ節触知せず。心・肺に異常を認めず。下肢に浮腫なし。握力 両側0 kg、四肢の腱反射はいずれも消失している。Babinski反射 両側なし、Barré徴候なし。外眼筋運動は正常。顔面神経麻痺なし。咽頭反射に異常なし。口蓋垂や舌の偏位なし。舌は正常に偏位なく出せる。視力低下や瞳孔異常なし。対光反射は正常である。軽い嚥下障害と構音障害を認めた。明らかな感覚障害なし。

問題1

診断に有用な検査はどれか。2つ選べ。

(a)髄液検査

(b)頭部MRI(MRAも含む)

(c)テンシロンテスト

(d)末梢神経伝導速度測定

(e)神経生検

問題2

適切な治療はどれか。2つ選べ。

(a)副腎皮質ステロイド

(b)免疫グロブリン大量療法

(c)コリンエステラーゼ阻害薬

(d)血漿交換療法

(e)抗菌薬

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例69)

 3週間前に発熱のエピソードがあり、その1週間後から、起き上がりにくさを感じて発症している。その後、下肢から始まった脱力は上行性に広がり、上肢にもおよんでつかまり立ちもできなくなっている。しかも脱力は左右どちらかにかたよるわけでもなく同等に侵されている。これらの特徴的な経過から最も疑われるのはGuillain-Barré(ギランバレー)症候群(GBS)である。嚥下障害、構音障害も出てきており、軽い球麻痺も出現してきておる可能性も考慮したい。理学所見で最も大切なのは腱反射が消失していることであるが、これも矛盾しない。

 GBSは、何らかの病原体の先行感染(60~70%で先行感染がはっきりしており典型例では1~4週間前)が引き金となって自己免疫反応が惹起され、末梢神経を収納している髄鞘(Schwann細胞)を障害するものと考えられていたが、近年、末梢神経の軸索そのものを障害する病型もあることがわかってきた。このため、神経電気生理学的な所見から、髄鞘が一次的に障害される脱髄型(急性炎症性脱髄性多発ニューロパチー;acute inflammatory demyelinating polyneuropathy; AIDP)と軸索が一次的に障害される軸索型(これには急性運動性軸索性ニューロパチー(acute motor axonal neuropathy; AMAN)や急性運動感覚性ニューロパチー(acute motor sensory axonal neuropathy; AMSAN))に分類される。また外眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失を3徴とするFisher症候群という亜型、さらには眼球運動障害、運動失調、意識障害を呈しBickerstaff型脳幹脳炎(BBE)という亜型も提唱されている。BBEは抗GQ1b抗体が関与するといわれている。

 確定診断するためには、自己抗体測定、髄液検査、末梢神経電動速度測定、などを行う。細胞数は正常であるにもかかわらず蛋白は上昇する、蛋白細胞解離が認められ、これはGBSに比較定特徴的である。また病態の診断には電気生理学的に末梢神経伝導速度(NCV)の測定が有用である。ある四肢筋肉の末梢運動神経を電気刺激し、直接刺激インパルスが筋肉に達した時に生じるM波と、脊髄前角細胞へと逆行性に上行し、自己興奮インパルスとなって順向性に下行し筋肉に達して生じるF波を観察することによって評価される。M波を異なる2点で測定し両者のずれを利用してNCVを計測する。さまざまな末梢神経の伝導速度の低下が確認され、軸索変性主体の病変を表しているといわれている。一方、M波の振幅は、脱髄主体の病変を主に表しているといわれる。しかし実際、両者は混在していることも多い。感覚障害は併存していてもGBSを否定するものではない。

 治療としては急性期の全身管理が重要である。また回復期にはリハビリテーションも必要である。急性期には、軽症例を除いて自己免疫機序のコントロールのために血漿交換療法や免疫グロブリン大量療法を行う。特に免疫グロブリン大量療法は1日あたり0.4g/kg体重の免疫グロブリンの静注を5日間施行するという治療法であり、その治療効果は血漿交換療法と同等である。血漿交換療法と比較して簡便なこともあり、近年ではこの免疫グロブリン大量療法が選択されることが多い。ステロイド剤は、単独では経口投与、パルス療法とも有効性は認められていない。免疫グロブリン大領療法との併用で使用される場合がある。

解答 問題1(a)、(d) 問題2(b)、(d)

実際の症例では

GBSというと何らかの感染症状が先行してからこのように運動麻痺が出現するのが典型的な症例ではあるが、GBSの約3~4割には、はっきりした症状なく運動麻痺が出現する。今回の実際の症例では高熱が麻痺症状の2日前に出ており先行感染の症状と考えるには少し早すぎる印象があったため典型的な経過に修正して作問した。

髄液検査では、水様無色透明、比重 1.006、pH 8.0、細胞数4/視野(単核球のみ)、ノンネアペルト反応2+、パンディ反応3+、トリプトファン反応 3+、蛋白 256 mg/dl、糖 136 mg/dl、Cl 123 mEq/l、Alb 1448μg/ml、IgG 38.0 mg/dl、細胞診 悪性所見なし。予想通り、蛋白細胞解離がみられた。またNCVは脛骨神経で著しい低下、正中神経で軽度低下がみられ、脛骨神経ではM波振幅も低下していた。

自己抗体としては、抗GM1IgG抗体、抗GQ1b抗体のみが保険適応となっているが、その他にも研究室レベルで測定依頼することも可能である。今回の症例でも、GM1、GM2、GM3、GD1b、GT1b、GQ1b、Gal-C、GalNAc-GD1a、に対してはIgM抗体、IgG抗体、IgG糖脂質抗体とも陰性であったが、抗GD1aIgG抗体、抗GD1aIgG糖脂質+PA抗体とも陽性であった。これらの自己抗体は、AMANあるいはAMSANの場合に陽性となり、診断的価値が高い。

治療としては、免疫グロブリン(ベニロン®)2.5 g/日を5日間投与し、早期よりリハビリテーションを開始した。その後、四肢麻痺は改善、また遅れて顔面神経麻痺が出現し顕著となっていたがこれも改善し、トイレ歩行の自力で可能となった。一方、嚥下障害の方は、最初改善が乏しく、経鼻経管栄養を行った。しかし入院2か月後より急激に改善傾向を認め、軟飯摂取も可能となった。

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