食後の心窩部痛で
問題94
82歳の女性が心窩部痛を主訴に救急受診した。
既往歴:特記事項なし。常用薬なし。
現病歴:本日、夕食後から心窩部痛が治まらないため救急受診した。特に生のものを食べたわけでもなく、同じものを食べていた家人に同様の症状が出ているわけでもない。毎年他院で上部消化管内視鏡検査を受けているが異常を指摘されたことはない。救急室入室後に嘔吐1回あり。めまいはない。
現症:身長154 cm、体重 55 kg、体温37.6℃、血圧152/84 mmHg、脈拍62/分、Spo2 98%。眼瞼結膜に貧血・黄疸なし。胸部に異常を認めず、腹部心窩部から右肋弓下に圧痛あり、筋性防衛なし、反跳痛なし、腸蠕動やや低下。
検査所見:血液所見:白血球6800/μL、赤血球426万/μL、Hb 13.4 g/dL、Hct 40.4%、血小板19.7万/μL、PT 9.9 sec(118.3%)、APTT 24.8 sec、Fibrinogen 327 mg/dl、FDP 7.1 μg/mL。血液生化学所見:CRP 0.18 mg/dL、AST 19 U/L、ALT 17 U/L、ALP 248 U/L、γ-GTP 28 U/L、Alb 4.4 g/dL、AMY 51 U/L、CPK 109 U/L。
心電図:異常なし。
一旦心窩部痛は軽快し、入院としたところ、その夜、強い心窩部痛が生じ、筋性防衛、反跳痛も伴う38.2℃の発熱がみられた。朝の血液検査ではWBC 14400/μLとなった。
入院時の超音波画像(救急室での簡易検査)と翌日の超音波画像(図1)、入院時の腹部単純CT(図2)、入院翌日の腹部単純CT(図3)、造影CT(図4)を示す。
図1:入院時と入院翌日の腹部超音波画像。
図2:入院時の腹部単純CT。
図3:入院翌日の腹部単純CT。
図4:入院翌日の腹部造影CT。
次のうち適切なものはどれか。1つ選べ。
(a)総胆管結石の嵌頓が原因と考えられる。
(b)急性膵炎が原因と考えられる。
(c)緊急胆嚢摘除術を考慮する。
(d)内視鏡的胆管ドレナージを早急に行うべきである。
(e)上行結腸を中心とした結腸炎が考えられる。
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第4版症例108)
夕食後に心窩部痛が生じており、食中毒のように何らかの消化管感染症も考えられるが、食事内容と、いっしょに食べた家人に同様の症状を呈した人がいないことから考えにくい。既往歴もなく特に新たな薬物が開始されたわけでもなく、急性胃十二指腸病変も考えにくい。慢性の胃潰瘍や十二指腸潰瘍、逆流性食道炎なども、毎年上部消化管内視鏡検査を受けていて異常を指摘されていないことから考えにくい。血清アミラーゼも正常であり、急性膵炎でもなさそうである。心窩部から右肋弓下に圧痛があることから急性胆嚢炎も考えられる。そこで受診時の腹部超音波画像をみると救急室での簡易検査で画像がみにくいが、胆嚢内に胆砂ないし胆泥のようなものがかすかにとらえられているが、浮腫性の壁肥厚はない(図1左)。著しく緊満している胆嚢とはいえないが、CTをみると食後でフルスタマックの状態でありながら、胆嚢は収縮しておらず胆嚢内の胆汁濃度も高そうである(問題文の図2)。そこで、胆嚢炎の可能性は十分考えられるので絶食、持続点滴のうえ、胆道移行性良好な抗生剤投与を開始した。
入院後、深夜に入り強い腹痛発作が生じたが、超音波検査を再検した。その結果、胆嚢内部に胆砂ないしは胆泥と思われるものが胆嚢内に充満しており、胆嚢壁の浮腫性肥厚も明らかとなっている(図1右)。
図1:入院時の腹部超音波画像では胆嚢内に胆砂ないし胆泥の貯留が疑われるが(黄矢印)、胆嚢壁の浮腫性肥厚は明らかではない。しかし入院翌日には胆嚢内部に胆砂ないしは胆泥と思われるものが胆嚢内に充満しており(青矢印)、胆嚢壁の浮腫性肥厚も明らかとなっている(赤矢頭)。
腹部CT検査を再検したところ、胆嚢壁に軽度緊満感が出現し、頚部を中心に浮腫性壁肥厚が認められるようになっている。入院時には認められなかったが、胆嚢近傍の消化管周囲に浸出液の貯留が疑われ、胆嚢炎の波及と考えられる(図2、3)。さらに問題文には提示していないが、造影CTの冠状断では胆嚢壁の浮腫性肥厚、総胆管内には病変はなさそうであることなどもわかる(図4)。
図2:入院翌日の腹部単純CT。胆嚢壁に軽度緊満感が出現し、頚部を中心に浮腫性壁肥厚(赤矢印)が認められるようになっている。入院時には認められなかったが、胆嚢近傍の消化管周囲に浸出液の貯留が疑われ(黄破線内)、胆嚢炎の波及と考えられる。
図3:入院翌日の腹部造影CT。胆嚢頚部中心の浮腫性壁肥厚がみられ(赤矢印)、胆嚢の近傍の消化管周囲にも浸出液が分布しており(黄破線枠内)、胆嚢炎の波及が疑われる。
図4:腹部造影CT冠状断。胆嚢壁の浮腫性壁肥厚が認められる(図3の赤矢頭)。一方、総胆管を追うと(黄矢印)、十二指腸乳頭部へと連続し、特に胆管狭窄や胆管結石、などを示唆する所見はない。
そこで経皮経肝胆嚢ドレナージ(percutaneous transhepatic gall bladder drainage;PTGBDあるいはpercutaneous transhepatic cholecystodrainage;PTCCDとも言う)を施行したうえで待機的腹腔鏡下胆嚢摘出術か、このまま早期腹腔鏡下胆嚢摘出術が選択される。今回の症例ではまずPTGBDが施行され、粘稠な黒色胆汁が排出され、施行した翌日の採血検査ではWBC 10100/μL、CRP 18.27 mg/dLと上昇したが、症状は軽快、消失した。
急性胆嚢炎というと、胆嚢壁の三層構造など壁肥厚と著しい胆嚢の腫大があり、血液検査では炎症反応の上昇があるのが典型例である。しかし、発症したばかりの急性胆嚢炎では、今回のように、軽度の心窩部痛や悪心嘔吐程度でくすぶり、採血検査では炎症反応も肝胆道系酵素の上昇もなく、よく観察しないと壁の肥厚も最初はわかりづらいため、食中毒、急性胃炎などと間違われやすい。しかしこのように半日単位で急に画像所見も変化するため、警鐘を促す意味でもこの症例を提示した。。
急性胆嚢炎の治療方針はその重症度によって異なる。詳しくは「急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン2018モバイルアプリ」を利用してまず重症度を決定する。今回の症例は、顕著な局所炎症所見があり、とすると中等症(Grade Ⅱ)となる。この場合、まず初期治療として抗菌薬を投与開始し、その後、①早期に腹腔鏡下胆嚢摘除術、②待機的胆嚢摘除術、あるいは、③緊急/早期胆嚢ドレナージのうえ待機的腹腔鏡下胆嚢摘除術、などの中から局所の炎症の程度に応じて選択される。もし、循環障害、中枢神経障害、呼吸機能障害、腎機能障害、肝機能障害、血液凝固異常などで臓器不全症状がみられる場合は重症(Grade Ⅲ)であり、抗菌薬投与と全身臓器サポートを優先させてから緊急/早期胆嚢ドレナージを考慮する場合が多い。また重症でも中等症でもない症例は軽症(Grade Ⅰ)とされ、通常は早期の腹腔鏡下胆嚢摘出術が行われる。
選択肢については、(a)は総胆管拡張や肝内胆管拡張など胆管内圧の上昇を示唆する所見なく考えにくい。(b)腹痛で受診された時点でアミラーゼの上昇なく、CTでも膵実質あるいは膵周囲の変化が乏しい。(c)この方針ももちろんあるので正答肢である。(d)上記のように胆管閉塞を示唆する所見に乏しいため状態の改善にはつながらない。(e)胆嚢周囲から近接する消化管周囲に浸出液も認められ、炎症の波及を示唆するが、結腸そのものの炎症ではない。
解答:(c)