ぼんやりして動けなくなった

問題104
80歳の女性が意識変容と起立困難のため受診。
現病歴:ショートステイに行かれていた。2~3日前から動きが鈍くなり、自力での食事摂取もできなくなった。さらに尿失禁もみられるようになった。もともと自力で歩いていたが、本日手足が動かしにくくなり、立ち上がるのもしんどくなった。身体を動かそうとするとふらつき、動けなくなってきたため救急受診された。
既往歴:25年前から高血圧、1年前から骨粗鬆症で加療中。
家族歴:特記事項なし。
現症:JCS-1~2、少しぼんやりしている。身長145.0 cm、体重38.0 kg。血圧164/70 mmHg、脈拍60/分で整、体温36.7℃、SpO2 98%。胸腹部に異常なし。神経学的所見に異常なし。救急室へ車椅子で入室されたが、座位で、診察中にぼんやりされ徐々に前かがみになっていく。指鼻試験を何度か指示したが、指示内容が理解できない。家人の話では、普段そのようなことはなく、このような意識変容は昨日からとのこと。
検査所見:血液所見:白血球8900/μL、赤血球460万/μL、Hb 12.5 g/dL、Hct 44.6%、血小板31.3万/μL。血液生化学所見:AST 15 U/L、ALT 12 U/L、LDH 183 U/L、ALP 219 U/L、Alb 2.9 g/dL、BUN 57 mg/dL、Cr 1.55 mg/dL、CPK 30 U/L、AMY 140 U/L、Na 140 mEq/L、K 4.8 mEq/L、CL 108 mEq/L、Ca 13.9 mg/dL、P 4.2 mg/dL、血糖 92 mg/dL、CRP 0.44 mg/dL、
胸腹部CTに異常なし。
上部、下部内視鏡検査を1か月前に受けられ異常なし。
(1)補正カルシウム濃度はどれか。
(a)12.0 mg/dL
(b)13.0 mg/dL
(c)14.0 mg/dL
(d)15.0 mg/dL
(e)16.0 mg/dL
(2)以下の薬物を服用が確認された。このうち今回の疾患には関係しないと考えられる薬剤を2つ選べ。
(a)活性型ビタミンD製剤
(b)アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
(c)炭酸リチウム
(d)サイアザイド系利尿薬
(e)ビスホスホネート製剤
(3)この病態をきたさない疾患を選べ。
(a)サルコイドーシス
(b)多発性骨髄腫
(c)原発性副甲状腺機能亢進症
(d)乳癌
(e)甲状腺機能低下症

解説(『Dr. Tomの内科症例検討道場』第4版には取り上げていないが院内で行った内科症例検討道場では症例341として検討したもの)
ぼんやりされていて身体が動かせなくなっており、特に脳血管障害を疑わせる所見はない。血液検査では明らかに血中カルシウム濃度が高く、これが意識変容の原因ではないかと疑える。カルシウムの実測値は13.9 mg/dLであるが、生理学的に重要な血中カルシウムイオンは技術的に測定困難であり、通常は血清アルブミンが4 g/dL未満の場合は補正血清カルシウム値として実測カルシウム値(mg/dL)+4-血清アルブミン(g/dL)として計算される。今回の症例では13.9+4-2.9=15.0 mg/dLとなり、かなりの高カルシウム血症である。血中カルシウム濃度は軽度上昇にとどまる時には無症状であるが、12 mg/dLを超えると、詳細に問診すると情緒不安定などわずかな症状に気づかれる。しかし特に急激な上昇があった場合は、意識障害や急性腎不全を生じるなどあきらかな症候性高カルシウム血症となり、原因精査と血清カルシウム値の補正など救急対応を要する。
治療としては①十分な生理食塩水輸液(+必要に応じてループ利尿薬)、②原因薬剤の中止、などが初期対応の主体となる。
① 十分な生理食塩水投与(+ループ利尿薬)
原因のいかんにかかわらず高カルシウム血症の状態では集合管における水再吸収障害が起こることと、食欲不振により経口摂取不良もあってかなり脱水状態にある。そこでカルシウム、リンの含まれない輸液、具体的には生理食塩水を大量輸液する。塩化ナトリウムを多く含む生理食塩水の点滴により脱水の改善とともにカルシウムの尿中排泄が促される。緊急性の高い場合は、少なくとも2 L/日以上を輸液するが、心機能が悪い高齢者などでは大量輸液による心不全なども懸念されるため必要に応じてループ利尿薬を併用する。ループ利尿薬はカルシウム排泄を促進する目的もあるが、サイアザイド系利尿薬は逆にカルシウム排泄を抑制するため用いない。
② 原因薬剤の中止
高カルシウム血症の原因となる薬剤として、活性型ビタミンD製剤、サイアザイド系利尿薬、炭酸リチウム、テオフィリン、大量のビタミンAなどがある。それぞれの血中半減期の違いにより、高カルシウム血症の改善に要する時間も異なる。例えばアルファカルシドールとカルシトリオールはいずれも血中半減期15時間程度だが、エルデカルシトールは半減期50時間で休薬後の回復に時間がかかる。
重症例には、初期対応としてそのほか各病態に応じた処置も併用される。骨吸収亢進による高カルシウム血症の場合は、輸液を開始したのちに、骨吸収を抑制する静注用ビスホスホネート製剤の投与を考慮する。静注用ビスホスホネート製剤は効果発現に1~3日かかり、1週間ぐらい持続するが、一方で、輸液のみで高カルシウム血症が改善した場合に併用すると、遷延性低カルシウム血症のリスクがあるため投与するべきではないとされ、タイミングの見極めが難しい。保険診療は悪性腫瘍による高カルシウム血症にのみ認められているが、重度の高カルシウム血症では機序のいかんにかかわらず使用すべきであると認識されている。またカルシトニン製剤も骨吸収亢進による高カルシウム血症に対して用いられるが、作用発現がすみやかで、作用時間も短い。サルコイドーシスなどの肉芽腫性病変では、病変内でビタミンD活性化酵素が発現しており、プレドニゾロン20~30 mg/日は、これを抑制するため、高カルシウム血症の改善に有効である。以上の治療でなお治療困難な場合は、時機を逸することなく血液透析を考慮する。
高カルシウム血症の治療を開始したら、原因精査にうつる。まず補正カルシウム値が高い場合には、前述したように第一段階として、何よりもまず問診で高カルシウム血症をきたすような薬剤の服用がなかったかどうかを確認する。外来患者にしばしばみられる原因は活性型ビタミンD製剤の不適切な投与である。今回の症例では骨粗鬆症でエルデカルシトールを内服中であったためこれが原因薬物として考えられた。また稀に炭酸リチウムが副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)の自律性分泌を起こすことがある。薬物性の高カルシウム血症が否定されれば、第二段階としてPTH依存性高カルシウム血症の有無を考える。高カルシウム血症がありながらPTHが高値であれば、PTH依存性高カルシウム血症と診断でき、その大半は原発性副甲状腺機能亢進症である。稀に低カルシウム尿性高カルシウム血症や、さらに稀に異所性PHT産生腫瘍もある。さらに第三段階として、PTHが低値の場合、多くは悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症である。通常、血中副甲状腺ホルモン関連蛋白(parathyroid hormone-related protein;PTHrP)が高値となり、悪性腫瘍がみつかればそれによる高カルシウム血症と診断できる。最後の第四段階としてPTHおよびPTHrP非依存性高カルシウム血症に当てはまるかどうかチェックする。この場合は低リン血症とはならず、サルコイドーシスのようなビタミンDの作用が過剰となった病態が考えられ、1.25-(OH)2-VDが高値となる。ちなみに活性型ビタミンD製剤の不適切な内服による高カルシウム血症では通常1.25-(OH)2-VDは高値とはならない。

解答
(1)(d)
(2)(b)、(e)
(3)(e)

実際の症例では
今回の症例でもうつ状態として炭酸リチウムも内服されていたが、血清リチウム濃度は高くはなく、PTHは上昇していなかった。実際のデータは、intact-PTH 17 pg/mL(基準値10~65)、PTHrP<1.1 pmol/L(0~1.0)といずれも正常であり、1, 25-(OH)2-VD 10.6 ng/mL(20.0~60.0)も高値ではなかったため、問診内容も合わせて考えると活性型ビタミンD製剤の不適切な内服による高カルシウム血症で矛盾しない結果だった。また実際の症例では白血球増多と膿尿があり、腎盂腎炎が疑われて抗菌薬投与により尿所見は改善したが、その後もなお白血球増多が続いた。骨髄穿刺なども施行されて骨髄増殖性疾患は否定的となり、最終的には炭酸リチウムによると思われる白血球増多ではないかという結論となった。

参考文献
カルシウム代謝疾患の救急:高カルシウム血症クリーゼと低カリウム血症性テタニー 竹内靖博 日内会誌 105:658-666, 2018.

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