尿蛋白を指摘されて

問題119
58歳、女性が下腿浮腫を主訴に来院した。
現病歴:15年前に腎臓が悪く、ステロイドによる入院加療を受けたが詳細は覚えていない。3年ほどして治療は終了し、その後は健診でも蛋白尿や血尿は指摘されていなかった。本年の健診で蛋白尿を指摘され、2週間前から下腿浮腫も出現し当院を受診された。
既往歴:飲酒歴:なし。喫煙歴:なし。家族歴:特記事項なし。定期内服処方薬なし。腎臓疾患を指摘されている人や尿検査異常を指摘されている人はいない。
現症:身長163.0 cm、体重62.5 kg。血圧 118/72 mmHg、脈拍 72/分、整。体温 36.4℃。SpO2 98%。心・肺に異常を認めず。腹部は平坦、軟。肝・脾瘤触知せず。両側下腿前面と足背に圧痕を伴う浮腫あり。
血液生化学検査所見:白血球6860/μL、赤血球441万/μL、Hb 13.3 g/dL、Hct 40.4%、血小板 19.8万/μL、LDH 225 U/L、AST 21 U/L、ALT 22 U/L、ALP 50 U/L(基準38~113)、γ-GTP 16 U/L、T-P 5.8 g/dL、Alb 2.8 g/dL、BUN 21 mg/dL、Cr 1.22 mg/dL、CPK 180 U/L、Na 143 mEq/L、K 3.9 mEq/L、CL 107 mEq/L、UA 5.9 mg/dL、空腹時血糖90 mg/dL、HbA1c 5.5%、LDL 153 mg/dL、IgG 857 mg/dL(基準870~1700)、IgA 147 mg/dL(基準110~410)、IgM 80 mg/dL(基準33~190)、CH50 41.1 U/mL(基準25.0~48.0)、C3 102 mg/dL(基準86~160)、C4 22 mg/dL(基準17~45)、ANA<×40、抗糸球体基底膜抗体<2.0 U/mL、HCV抗体(-)、HBs-Ag(-)。
尿検査所見:pH 7.5、比重1.010、蛋白(4+)、糖(-)、潜血(±)、白血球(-)、尿T-P/Cr 5.20 g/g・Cr。
健診で受けられている胸部レントゲン検査、腹部超音波検査、上部消化管内視鏡検査、便潜血反応はいずれも異常を認めなかった。
腎生検組織像を示す。

図1:蛍光抗体染色


図2:PAM染色

問題
1) どのような疾患を疑うか。1つ選べ。
(a)糖尿病性腎症
(b)微小変化群
(c)膜性腎症
(d)ループス腎炎
(e)高血圧性腎症
2)治療効果の最も重要な指標として正しいものはどれか。1つ選べ。
(a)体重
(b)血清Cr
(c)尿量
(d)尿蛋白
(e)血尿

(類題 2016年認定内科医試験、2018年総合内科専門医試験)

解説
まず43歳で腎機能障害と初めて診断されており、現在58歳でその再発という経過であろうという印象を受ける。まず尿検査では尿中蛋白/Crが5.20 g/g・Crであるということは、1日に尿蛋白が5.20 gほど出ていると考える。これは成人の1日のCr排泄量がほぼ1 gであることから、随時尿からでもCr 1g排泄される尿量で目的成分がどれだけ排泄されるかを計算すれば、その排泄量が、1日の排泄量となる、という考え方である。尿中に蛋白3.5 g/日以上排泄されており(ネフローゼ症候群診断基準1で必須項目)、血清Albは2.8 g/dLで診断基準となる3.0 g/dL以下であり(診断基準2で必須項目)、血清蛋白も5.8 g/dLと6.0 g/dL以下であり(参考項目)、身体所見として浮腫が認められている(診断基準3)。LDLも153 mg/dLと上昇しており(診断基準4)、ネフローゼ症候群の診断基準を満たす。
ネフローゼ症候群は大きく分けて一次性(原発性)と二次性(糖尿病性腎症など他の疾患の続発するもの)とに分類される。一次性ネフローゼ症候群の1/3は微小変化型ネフローゼ症候群(微小変化群)、1/3は膜性腎症、残り1/3は巣状分節性糸球体硬化症、膜製増殖性糸球体腎炎、などさまざまな疾患を合わせた総和が占める。微小変化群は小児の一次性ネフローゼ症候群の8~9割を占めるのに対して、中高年に発症するネフローゼ症候群の最多を占めるのは膜性腎症であり、本症例も頻度的に最も多い膜性腎症を第一に考えたい。ただし実際、成人でも微小変化群はしばしば経験するため、成人の一次性ネフローゼ症候群の鑑別疾患として微小変化群は必ず頭に置きたい。
膜性腎症は、大きく分けて8割を占める一次性(原発性ともいう、原因が腎臓自体のもの)と2割の二次性(悪性腫瘍として胃癌、大腸癌、肺癌、乳癌、悪性リンパ腫など、感染症としてHBV・HCV・梅毒・ピロリ菌感染など、膠原病としてRA・SLE、薬物性としてD-ペニシラミン、金製剤など)に分けられる。今回の症例では提示された範囲内には二次性のものを疑わせる項目はない。特に悪性腫瘍がないかどうかのチェックが重要であり、一応、胸部レントゲン検査、腹部超音波検査、上部消化管内視鏡検査、便潜血反応なども健診でチェックされており、膜性腎症を起こしうる疾患は認められなかった。
一次性膜性腎症の多くの症例の原因抗原として糸球体足細胞に発現するphospholipase A2受容体(PLA2R)が同定され、これに対する自己抗体抗PLA2R抗体が本疾患患者の7割に発現していることが明らかとされた。血中自己抗体は約半数で陽性となり、二次性ではこの発現が認められない。現在のところこの自己抗体は保険収載されていないが、今後、膜性腎症の診断ツールとして有望視されている。
確定診断と病期決定のため腎生検が施行された。メサンギウム細胞の増殖は認められず、PAS染色では係蹄壁の均一な肥厚、PAM染色では基底膜の伸長によるspike形成が認められた(図1)。蛍光抗体法ではIgGが基底膜に顆粒状に陽性となり、C3も弱陽性となっていた(問題文図2)。一般に膜性腎症では、基底膜での顆粒状IgG沈着、C3も認められる場合があり、その沈着物どうしの隙間に、基底膜の伸長(spike形成)が認められる(stageⅡ、図3)。ステージが進むと基底膜の伸長がさらに進み、沈着物を覆うようになり、基底膜の肥厚は顕著となる(stageⅢ)。さらにステージが進むと、沈着物は消失して、不整に肥厚した基底膜が残る(stageⅣ)。このあたりの基底膜の肥厚の程度については電子顕微鏡での観察所見が判定の材料となる。参考例としてstageⅢ~Ⅳの電顕所見を示す(図2)。

図1:PAM染色。糸球体基底膜の肥厚とspike形成が認められる(青矢印)


図2:膜性腎症における糸球体係蹄壁の変化。糸球体係蹄壁は肥厚し、糸球体上皮細胞の上皮下にIgGなどの沈着物が全周性に出現し、沈着物どうしの間隙に糸球体基底膜が入り込みspike形成が認められる。メサンギウム領域には変化はない。糸球体上皮細胞の足突起の消失も見られるようになる。

図3:電子顕微鏡所見。(a)基底膜内の沈着物が抜けたあと(赤矢印)が残り基底膜は肥厚している。(b)沈着物(青矢印)どうしのすきまに基底膜のspike形成が認められる。

治療は、まず二次性であれば原疾患の治療が優先される。一次性膜性腎症であれば、安静、食事療法(ネフローゼ症候群に対する食事療法として蛋白制限、塩分制限)、腎保護作用のあるARB処方によっても改善がなければ、ネフローゼ症候群の診断基準を満たしているので、経口ステロイド投与、難治性の場合は免疫抑制薬を併用する。尿蛋白が生じることが本病態の本質であり、治療効果判定は最初に尿蛋白を指標とし、この改善をみたのち遅れて血清Albも改善してくる。また一般にネフローゼ症候群では脂質異常症と血栓症(凝固因子の増加、さらには線溶因子の低下や活性低下)の合併頻度が高く、これは心血管イベントの誘発にも関係するため生命予後を左右する因子として重要とされている。脂質異常症、特に高LDL血症に対してスタチン製剤あるいはエゼチミブ(エゼチミブ®、ゼチーア®)を、また血栓症に対してはワルファリンないしはヘパリンを中心に治療される。

解答
1) (c) 2)(e)

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