口渇と多飲の高齢者

問題73

77歳の女性。突然、口渇とともに多飲が出現し、冷水ばかりを飲んでおり、そのため頻回に排尿するようになったとのことで家人に付き添われて来院された。精査加療目的で入院とした。

入院後、尿測を行ったところ、1日4~5 Lの多尿であることが判明した。

検査所見:尿所見:尿検査 比重1.003、タンパク(-)、ケトン体(-)、血液生化学所見:Na 146 mEq/L、K 4.0 mEq/L、Cl 106 mEq/L、BUN 11 mg/dL、Cr 0.59 mg/dL、血糖値145 mg/dL、バソプレシン<0.1 pg/mL(基準0.3~4.2)。

この患者における検査所見の中で正しいものを1つ選べ。

(a)高Ca血症が原因となる場合がある。

(b)水制限試験で尿浸透圧の上昇がみられる。

(c)デスモプレシン投与にもかかわらず尿量は減らない。

(d)デスモプレシン投与により尿浸透圧は上昇する。

(e)MRIのT1強調画像で下垂体後葉は前葉に比較して高信号となっている。

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例39)

口渇、多飲行動がみられ、実際入院後に尿測すると4~5 L/日の多尿があったため(尿崩症の基準は3L/日以上、尿浸透圧300 mOsm/L未満で血漿浸透圧より低い)、尿崩症としての主症状がそろっている。尿崩症をみれば、それが中枢性か腎性かを鑑別する。中枢性尿崩症は下垂体後葉から抗利尿ホルモン(ADHあるいはAVP)が分泌できなくなって多尿となるものであるのに対して腎性尿崩症はさまざまな原因によって腎集合管におけるADHに対する反応が低下した結果、ADHが分泌されているにもかかわらず多尿となる病態である。今回の問題ではADHが測定感度未満の測定結果となっているため、中枢性尿崩症であるとわかる。

実際の診断方法としては、デスモプレシンというADH類似体を投与することにより、もし中枢性尿崩症なら腎集合管からの水の再吸収がうながされて尿浸透圧が上昇するはずである。ADHそのものの分泌低下である中枢性にせよ、ADHに対する集合管での反応低下である腎性にせよ、ADHが最終的に集合管で水を再吸収するという効果はなくなってしまっているので、いずれの尿崩症でも、水制限をしてみても尿浸透圧は昇しない。また正常では、血清Na濃度のわずかな上昇であっても、敏感に下垂体後葉からのADH分泌は増加するよう調節されているが、高張食塩水を負荷して血清Naを上昇させても、中枢性尿崩症では血漿ADH濃度は上昇しない。

 中枢性尿崩症の画像所見として、MRIのT1強調画像で下垂体後葉の高信号の消失が挙げられる。通常では下垂体後葉は豊富なホルモン量を反映してT1強調画像で前葉より高信号を呈するが、中枢性尿崩症患者ではADHの分泌低下のためこの下垂体後葉の高信号も乏しく、前葉と同程度の信号強度を呈する(MRI画像図1をつけて後述する)。

腎性尿崩症を起こす原因はさまざまであるが、成人にみられるものはほとんどが薬剤性のもと電解質異常によるものである。電解質異常の中では高Ca血症(11.0 mg/dL以上)によるものがよく知られている。腎性尿崩症はADHに対する腎集合管の反応低下であるため、デスモプレシンを負荷しても尿量の減少や尿浸透圧の上昇は認められない。

解答:(d)

実際の症例では

通常、これだけ多尿となれば、血漿浸透圧が上昇し口渇中枢が作動して、口渇感が出現するとともに多飲がみられるようになり、著しい高Na血症にならないよう自己調節がかかる。血清Naは正常上限近い値をとることが多く、そのため、後述する計算式からもわかるように血漿浸透圧もほぼ正常であることが多い。今回の症例では最初の時点で血漿浸透圧は304 mOsm/L(基準280~290)、尿浸透圧は83 mOsm/Lだった。しかしながら、本症例では、多尿があり、皮膚は明らかに乾燥していて血管内脱水にあることは明らかであるにもかかわらず、患者は口渇を訴えず、多飲の行動もみられていなかった。今回の症例では、典型的な症例を提示するため修正を加えて作問している。中枢性尿崩症の患者で、まれに口渇中枢が障害された場合には、これらの症状が欠如することがあり、本症例もそれに相当すると思われる。そしてこのような症例では上記のような自己調節がかからないため、通常の尿崩症に比べて高Na血症、高浸透圧血症がより著明になるといわれている。今回の症例は入院後、一気に高Na血症が進行した。血漿浸透圧もそれに伴って上昇していると考えられた。このため水分制限試験はもちろんできず、高張食塩水負荷試験もできず、さらにちょうどこの症例のあった時期に、バソプレシン測定試薬が製造中止となって一時的に測定できない時期にあったため、通常の診断過程にのせられなかった。しかし担当医の指示で、尿量2時間毎の尿量チェックのうえ、400 mL未満/2時間が2回続いた場合にバゾプレシン(ピトレシン®)2単位皮下注射が指示されていた。その結果、皮下注射により明らかに尿浸透圧が上昇し、尿量の低下もみられることが判明したため中枢性尿崩症と診断した。ちなみに診断基準ではバソプレシン5単位を皮下注射し、60分後に比重測定または浸透圧測定用に採尿を行って判定することになっている。

なお血漿浸透圧は簡易計算が可能であり、

血漿浸透圧=2×(血清Na濃度) + (血糖値)/18 + (血清BUN)/11

である。今回の症例ではBS 145 mg/dL、Na 144 mEq/L、BUN 11 mg/dLであったため304 mOsm/Lと実測値と同じ結果であった。なお通常では計算式の第2項、第3項が小さいのでおよそ血清Na濃度の2倍と思っていればよい。

また、尿浸透圧は尿比重の小数第2位、3位をとってきてそれに35をかけた値となる。例えば尿比重1.010なら小数第2位と3位をとってきて10とし、これに35をかけて350 mOsm/Lと推定できる。

 このような中枢性尿崩症の治療の要点は、①バソプレシンの補充による抗利尿機構の回復と②輸液による血管内脱水の修正、である。①については、症例ごとに必要なバソプレシン投与量が異なるため、尿量をみながら投与量を調整していくことになる。投与法としてはバソプレシン(ピトレシン®)1回2~10単位、1日2~3回、皮下注または筋注する方法、デスモプレシン(デスモプレシン®)1回5~10μg、1日1~2回、点鼻する方法、デスモプレシン口腔内崩壊錠(ミニリンメルトOD®)の内服、などがある。今回の症例では、最初はバゾプレシンを最小単位から尿量をみつつ増量していき一時は1回4単位で1日2回の皮下注射を要したが、その後、再度1回2単位を1日2回に減量し、さらに在宅診療に向けてデスモプレシン口腔内崩壊錠60 μgを朝夕で内服させ、血清Na値も正常化した。Naの補正速度は12 mEq/L/日までとし、慢性的な高Na血症は48時間以上かけて補正するべきであるとされている。もし①の治療が不十分であると、いくら輸液を増やして②の治療を試みても増やした輸液量だけ尿量も増加し、脱水は容易に改善しない。基本的に①の補充療法を十分行いながら、②の血管内脱水の治療を行う。

 また画像的には頭部MRIのT1強調画像で、下垂体後葉の高信号が消失し、前葉、後葉とも同程度の低信号となっていた(図1)。また造影MRIでは、下垂体茎から後葉が造影剤により強く造影され(図2)、リンパ球性漏斗下垂体後葉炎を考えたいところであったが、確定診断のための組織診ができていないので疑診ということになる。本来であれば下垂体茎部などから生検なども試みられるべきところである。

図1:頭部MRIのT1強調画像。左は入院時、右は3か月後。通常では下垂体後葉は豊富なホルモン量を反映してT1強調画像で前葉より高信号を呈するが、ADHの分泌低下のため下垂体後葉の高信号も乏しく、前葉と同程度の低信号を呈している。赤矢印は視神経、黄矢印は下垂体。

図2:造影MRI。では下垂体茎(赤矢印)と下垂体(黄矢印)が強く造影されている。

その後、3か月の経過で、下垂体後葉の高信号もみられるようになっていた(図1)。この疾患の場合、自己免疫の病態も推測されており、妊娠などを契機に若年にみられることが多いとされていたが、最近では他の年齢層にも報告されている。IgG4関連疾患の中に分類されるものもあるため、今回の症例でも測定したが、IgG4 59.5 mg/dLと正常範囲であった。また自然消退する例が多いらしい。また一般に前葉機能は保たれている症例が多い。下垂体の腫大が著しく圧迫症状が認められる場合は、ステロイド投与も考慮されるが、そうでない場合は、やはり本症例のように抗利尿ホルモンの補充による保存的治療とMRIによる経過観察が主体となる。

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