手が震える
問題121
80歳の男性が、手が震えることを主訴に来院した。
現病歴:7年前から字を書こうとすると手の震えがあって書字が困難な時があった。最近になってコップを持つ時も手が震えて把持困難となり、お茶をコップに注ぐことも困難になってきた。手を使おうとするとき以外は震えは起こらない。排便、排尿習慣に問題なし。睡眠良好。特に普段通院中の疾患はない。
現症:姿勢時振戦は軽度あり。鼻指鼻試験陰性で終末期振戦なし。アルキメデスのらせん基線の揺れが時々あるが、基線の交差はない(下図)。名前の書字は困難な様子だが、字は十分問題なく読める程度。血圧157/93 mmHg、脈拍60/分。
血液生化学所見:著変なし。FT3、FT4、TSHにも異常を認めず。
画像検査
頭部MRI+MRA検査では活動性病変を認めず。
DATスキャンも特に取り込み異常なし。
問題
本疾患について正しいものはどれか。2つ選べ。
(a)第1選択薬としてβ遮断薬を使用する。
(b)パーキンソン病が疑われるのでL-dopa製剤を使用する。
(c)家族内での発症はほとんどない。
(d)飲酒により振戦は軽快する。
(e)精神的緊張が軽減すると振戦が悪化する。
(類題 2016年認定内科医試験、2018年認定内科医試験)
解説
症状からは本態性振戦と考えられる。本態性振戦は、明らかな原因がないにもかかわらず、手、指、頭などに不随意運動が生じる疾患である。振戦以外の症状はない。多くの場合、安静時振戦はないが、何らかの動作をしている最中や、ある一定の姿勢をとったときに振戦(姿勢時振戦という)が生じる。高齢者に多い傾向がある。除外すべき疾患として、振戦を起こしうるパーキンソン病、バセドウ病、脳血管障害、アルコール依存症などがある。精神的な緊張、疲労、ストレス、カフェイン摂取などで悪化しやすくなる傾向がある。また、家族内発症が多いとされており、遺伝的要素が関係している可能性も考えられている。飲酒により振戦が軽快することもある。日常生活に支障をきたすような動作の障害を伴う患者や、声が震えるなどして本態性振戦が原因となって精神的苦痛をうける患者もいる。
血液検査ではバセドウ病など甲状腺中毒症の除外、理学所見で錐体外路症状などパーキンソン病かどうか鑑別に苦慮する場合はドーパミントランスポーターシンチグラフィー(DATスキャン)などの画像検査を行って除外診断する。振戦は脳血管障害でも生じることがあるため、頭部CTや頭部MRIによって除外する。本態性振戦の診断は、あくまで診察による症状の評価と他疾患の除外が重要である。
治療は、日常生活や仕事への支障が出てきたり、精神的な苦痛によって活動性や社会性が低下したりするような場合に考慮される。通常は内か的な薬物療法が行われ、第1選択となる薬はβ遮断薬であり、本邦ではアロチノロール(これ自体はαβ遮断薬)のみが保険適応になっている。しかし、気管支喘息などでβ遮断薬を使用できない場合やβ遮断薬が無効な場合では、抗てんかん薬であるプリミドンや抗不安薬などが用いられることもある。その他、手術療法として、高周波凝固術(視床腹側中間核に凝固針を刺入して高周波で熱凝固)、脳深部刺激療法(電極を留置して同じ部位に電気刺激を与え、振戦に関わる脳内の異常信号を調整)などがある。また頭蓋外から超音波を視床腹側中間核へピンポイントに集中照射し、同部位を熱凝固させる集束超音波治療で2019年から保険承認された。保険適応外ながら、ボツリヌス菌の毒素が筋緊張を緩和するため有効で、一部の症例には、局所注入されている。γ-ナイフ療法もまだ保険収載されていない。
解答 (a)、(d)