1手先、2手先を読み抜く力
これまで私は多くの研修医の先生から症例の相談を受けてきましたが、「看護師さんから血圧低いと報告されたのですがどうしましょう」、とか、「尿が少ないですがどうしましょう」、とか相談されることが多いです。これを受けて、研修医の先生によく尋ねることは、それはどうしておこっていることなのか、だからどうすることがいい?そうすれば次にどうなると思う、そうなったらどうしようか、ということです。あともう一歩か二歩先を読むくせがつけば、と思って、そのように話をしています。
昔、織田信長が豊臣秀吉を中国地方に派遣し、毛利氏の領土を傘下に置くあと一歩のところまで来ていました。その時、本能寺の変であっけなく信長は殺され、この知らせが秀吉側に届きました。もちろん毛利側にもその知らせを運ぶ者がほぼ同時に来ていたのですが、秀吉はこの者をとらえて、信長死亡の知らせを毛利側に隠したまま、一旦、和睦し、急いで京都にもどり明智光秀を破り、信長の後継者として最有力候補となることができたと語られている歴史小説もあります。ところがどうやらこの本能寺の変の知らせは、実は毛利側にもほぼ同時に気づかれていたようです。毛利の軍勢の中には、ここで秀吉に追い打ちをかければ、明智光秀との間で秀吉をはさみうちにし、壊滅させられるとして反撃に出ようとする動きもありました。ところがその時毛利軍を率いていた最高責任者の小早川隆景は、追うことならぬ、と命じました。その理由は、ここで仮に反撃して勝ちいくさとなり、一時的に有利に立っても、そのあと秀吉が軍勢を立て直し、軍勢を増やして再来してきた時には、毛利側に勝ち目がない。それなら、ここで秀吉を追うことをせず恩を売っておき、天下取りをたすけてやることにすれば、あとあと秀吉は毛利家を厚遇してくれるはずである、とその一瞬で先の先を読んだのです。秀吉全盛の時代は、まさにその読みの通りに毛利家は安泰で、小早川隆景も大老の一人として名をつらねる事になりました。
たとえば高齢者にステロイドを比較的大量に投与せざるをえない場合に、この疾患にはステロイドが効くはずだからと思って開始するのはいいのですが、そのあとには、ステロイドの副作用として消化性潰瘍での吐下血、骨粗鬆症の悪化からくる転倒骨折、糖尿病の悪化、そして精神症状で不穏となるなど、いろいろ起こり得ることがあります。何らかのアクションをとった場合に、次におこることも十分予想したうえで、その時にどうするのかを十分考えておくことが重要です。経験が豊富になり、この先を読む力が2手先、3手先、とどんどん増してきますと、患者や家族、さらにはコメディカルにも信頼される医師になってくる、ということになります。いつもそのようなことを常に思いながら、研修医指導にあたっています。