下腹部痛で

問題103
61歳の男性が右下腹部痛を主訴に来院した。3週間前から、安静時には問題はないが、起床時や起き上がった時、前屈時などに一瞬の痛みが生じ、違和感が残った感じがしばらく残る。痛みの増悪はないが、様子をみていても軽快しないため当院受診された。発熱はなく、食欲はある。食事と痛みとの関連はない。下痢・悪心なし。排便は普通便で色調も変わりなし。飲酒後に胸やけすることはある。ここ10年で10 kg体重が増えた。職場に精神的ストレスはない。1か月前に健診を受けたが、食道~十二指腸まで異常を指摘されず。腹部超音波検査では検査中に超音波プローブでおさえられると痛かったが特に異常は指摘されなかった。血液生化学検査、尿検査、便検査では異常を指摘されなかった。来院されて腹部CTを施行されたが明らかな異常を認めなかった。
既往歴:高血圧症で以前より降圧薬内服中。
現症:意識清明。身長170 cm、体重79 kg。血圧148/101 mmHg、脈拍69/分で整、体温36.9℃、SpO2 96%。眼瞼結膜に貧血なく、眼球結膜に黄疸なし。心肺異常なし。腹部は平坦、軟。腸蠕動は正常。血管雑音を聴取せず。下肢に浮腫なし。腹部に皮疹を認めない。
検査所見:血液所見:白血球6400/μL、Hb 14.2 g/dL、血小板24.4万/μL、CRP 0.18 mg/dL、LDH 191 U/L、AST 21 U/L、ALT 30 U/L、AMY 38 U/L、CPK 104 U/L、BUN 15 mg/dL、Cr 1.00 mg/dL、Na 139 mEq/L、K 4.7 mEq/L、Cl 104 mEq/L、空腹時血糖94 mg/dL。

(1) 理学所見で陽性を示すと予想される徴候や所見はどれか。
(a)Murphy徴候
(b)McBurney徴候
(c)Carnett徴候
(d)腰部叩打痛
(e)腹部正中の血管雑音
(2)最も考えられるものはどれか。
(a)尿管結石症
(b)胆嚢結石症
(c)急性虫垂炎
(d)前皮神経絞扼症候群
(e)過敏性腸症候群
(3)症状が持続する場合のまず行う対応として適切なものはどれか。
(a)抗菌薬投与
(b)手術療法
(c)リドカイン局注
(d)神経結紮
(e)整腸剤投与

解説(『Dr. Tomの内科症例検討道場』では取り上げていないが、院内で行った内科症例検討道場で症例340として扱ったもの)
すでに健診の段階で腹部超音波検査、上部消化管内視鏡検査、便検査、尿検査までされていて、痛みの原因となる疾患を指摘されていない。このため器質的な疾患については、かなり可能性が低そうな印象がもてる。もちろん大腸ポリープや粘膜内癌など大腸病変は厳密には否定できていないが、もしそのようなものがあったとしても腹痛を起こす原因にはならない。腹部超音波検査、CT検査でもやはり痛みの原因となる疾患は認められない。また、何らかの炎症性疾患であれば炎症反応の上昇が予想されるがこれもない。ということであれば画像的には指摘できない腹痛の鑑別となる。過敏性腸症候群がその代表的な疾患として知られている。しかし基本的に過敏性腸症候群は便通異常があるはずであり、主たる症状自体が合わない。しかも痛みが姿勢や体位で誘発されている問診内容であり、このような場合には、内臓に由来する腹痛ではなく腹壁に由来する痛み“腹壁痛”も鑑別に入れたい。
腹壁痛の原因として帯状疱疹が知られているが、そのようなものを示唆するような皮疹はない。しかし腹壁痛の原因として、最も多いものでありながら、あまり認知度が高くないものとして前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome;ACNES)がある。これは、姿勢や腹筋運動などによって腹直筋間を走行する腹壁感覚神経である前皮神経が絞扼されることによって誘発される疼痛である。疫学的には女性に多く(男女比1:3~7)、半数以上が特発性、肥満(1116人の検討では平均BMI 24 kg/m2、今回の症例でも10年で10 kg体重増加があり、現在BMIは27.3 kg/m2)、妊娠や外科手術(上記の報告では28%)、外傷などに関連するとの報告がある。部位としては右近傍や右下腹部に多いが左にもみられる。診察時の疼痛の再現方法として、仰臥位の状態で首を持ち上げ腹筋に力をいれた状態で、圧痛が増悪されるカーネット徴候(Carnett’ sign、上記報告では87%陽性)、圧痛点周囲の皮膚をつまみ上げると不釣り合いに強い痛みを感じるpinch test(上記報告では78%で陽性)などが行われる。今回の患者では、カーネット徴候陽性であったためACNESと診断してよさそうだった。カーネット徴候の有無を見た場合、増強(腹壁に力が入って痛い)あるいは不変であれば陽性とし、腹壁痛の可能性が高く、軽快(腹壁に力がはいって腹腔内まで検者の圧迫する力が届かない)すれば陰性で内臓痛の可能性が高い、と一般には言われている。
さらに、圧痛の最強点に1%リドカイン5~10 mLを局注するブロック注射(腹直筋鞘ブロック)により症状の改善をみると、ACNESの可能性がさらに高くなる。ブロック注射にても痛みが繰り返され日常生活に支障がくるようなら、神経結紮も考慮することになる。

解答
(1)(c)、(2)(d)、(3)(c)

実際の症例では
本疾患の概要を説明したところ、もう少し経過をみるとのことで帰宅された。リドカイン局注はできなかったが、総合的にやはり本症候群の可能性が最も高いと考えられた。

総合内科専門医からの一言
直観的思考(system 1)と分析的思考(system 2)という用語がある。System 1はパターン認識をもとに、ある種のパターンの症状、経過、所見があれば一発診断(snap diagnosis)で迅速に診断するといったもので熟練者が行う傾向にある。一方system 2は系統的アプローチでひとつひとつ網羅的に鑑別診断しながら理論的に分析して診断に到達するもので、時間がかかり、初学者が行う傾向にある。今回のACNESは総合内科専門医の間では、system 1で診断し、それを確定させるための診断プロセスとしてカーネット徴候の有無をみたり、さらに確診するためには診断的治療ともいえるリドカイン局注を行ったりする。このsystem 1とsystem 2をうまく使い分けながら、あるいは両systemを互いに補足しあいながら用いることが、迅速かつ見落としのない診療を行うためにも重要である。

参考文献
1)難治性前皮神経絞扼症候群に対し繰り返し腹直筋鞘ブロックを行った1例 堀川英世、ほか 日本ペインクリニック学会誌 28(2):17-21, 2021.
2)急性腹症診療ガイドライン2015 第Ⅶ章 急性腹症の診察 P73 急性腹症診療ガイドライン出版委員会編

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