動悸、頻脈で受診

問題61

38歳の男性。最近、動悸を感じることが多くなった。精神的にもいらいらすることが多くなっている。食欲旺盛だが、以前より体重は1.5 kg減少している。

現症:血圧 158/80 mmHg、脈拍 94/分、整。頚部に軽度のびまん性の甲状腺腫大を認める。胸部:頻脈を認めるが病的心雑音は聴取せず。肺野は両側呼吸音に異常なし。腹部異常所見なし。

検査所見:血液所見:白血球6700/μL、赤血球542万/μL、Hb 13.9 g/dL、Hct 42.8%、血小板40.0万/μL、血液生化学所見:LDH 152 U/L、AST 20 U/L、ALT 23 U/L、ALP 533 U/L、γ-GTP 18 U/L、Alb 4.2 g/dL、AMY 48 U/L、CPK 83 U/L、BUN 15 mg/dL、Cr 0.54 mg/dL、HDL 103 mg/dL、LDL 44 mg/dL、TG 40 mg/dL、HbA1c 5.9%。血性免疫血清学的所見:CRP 0.30 mg/dL

頭部CT、MRI、胸部レントゲン写真、腹部CT検査に異常なし。

診断に有用ではない検査はどれか。

(a)サイロキシン結合グロブリン(TBG

(b)抗TSHレセプター抗体の測定

(c)遊離甲状腺ホルモンの測定

(d)Tc甲状腺シンチグラフィー

(e)TSHの測定

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例33)

基本的な問題である。今回の症例では、肝腎機能やHbA1cに異常なく、食事摂取も問題ないので栄養障害は否定的であり、内分泌検査の結果、FT3 16.0 pg/mL、FT4 4.95 ng/dL、TSH <0.010 μIU/mLであった。甲状腺ホルモンが高値であり、そのネガティブフィードバックがかかって下垂体からの甲状腺刺激ホルモンが低値だからこれは甲状腺機能亢進症だと単純に解釈してはいけない。まず言葉の定義として、甲状腺中毒症(thyrotoxicosis)と甲状腺機能亢進症(hyperthyroidism)の違いを知っておく必要がある。甲状腺中毒症とは、体内に甲状腺ホルモンが過剰に存在し、ホルモンの作用が過度に表れている状態であるが、必ずしも甲状腺自体の機能が亢進しているとは限らない。たとえば亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎で甲状腺組織が一過性に破壊されて甲状腺の組織中の甲状腺ホルモンが過剰に血中に漏出した場合、あるいは薬として甲状腺ホルモンが過剰に摂取されたような場合、などは、甲状腺中毒症であるといえるが、甲状腺機能自体が亢進しているわけではない。甲状腺機能を抑制する抗甲状腺薬は、甲状腺機能亢進症には有効だが、亢進していない患者に服用させるのは不適切であるため、この病態を鑑別することが重要である。

 そこで今回の症例でも、上記の血液検査結果を受けて、甲状腺自体の機能が亢進しているのかどうかを確認したいが、施行可能な施設ではTc甲状腺シンチが有用である。今回の症例では、甲状腺は全体的に大きく見え、集積はややまだらとなっていてTc摂取率は10.8%と亢進しており、甲状腺機能亢進症で矛盾しない所見であった。亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎などによる甲状腺中毒症では、甲状腺の活動は抑制されており、摂取率は低値となる。

 次に甲状腺機能亢進症の中での鑑別であるが、その大部分を占めるのはバセドウ病であり、本症例もこれにあたる。この疾患は、自己免疫異常により甲状腺で過剰の甲状腺ホルモンが合成、分泌される疾患であり、その主な機序としては、下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)が結合する甲状腺の受容体(TSHレセプター)に対し、自己抗体がつくられ、これがTSHのかわりに受容体に結合すると、甲状腺が過剰に刺激されてしまうのである。本疾患ではさまざまな自己抗体が報告されているが、この抗TSHレセプター抗体はほとんどのBasedow病患者に検出され、亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎では陰性であり、感度、特異度ともに100%に近いとされている。本症例でも抗TSHレセプター抗体は13.4 IU/L(正常0~1.9 IU/L)と上昇していた。したがって、FT3、FT4、TSHのパターンから甲状腺中毒症があると考えられる場合、これが機能亢進症の大部分を占めるBasedow病かどうかをスクリーニングの段階での血液検査で鑑別するために最も重要な項目はTSH受容体抗体である。またその他にも抗甲状腺抗体である抗サイログロブリン抗体、抗甲状腺マイクロゾーム抗体(マイクロゾームテストとして半定量)、さらにマイクロゾーム分画中の甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)に対する抗TPO抗体も陽性になることもあるが、Basedow病では陰性になることもあり、逆に慢性甲状腺炎で陽性になることがある。ちなみに本例では、抗サイログロブリン抗体は11 IU/mL(0~27 IU/mL)と陰性、抗TPO抗体は217 IU/mL(0~15 IU/mL)と上昇していた。

Basedow病以外の機能亢進症をきたす鑑別疾患としては機能性腺腫(Plummmer病:単一の良性腺腫でありその部位に一致してとりこみ)、中毒性多結節性甲状腺腫(Plummer病と異なり、多数の結節が自律性に甲状腺ホルモンを合成、分泌、シンチでは数個のとりこみ)、TSH産生腫瘍(過剰の下垂体TSH産生腫瘍による刺激で生じる、TSHが正常~高値、FT4が高値となる)、その他、妊娠期一過性甲状腺機能亢進症、妊娠に伴う胞状奇胎、悪性絨毛上皮腫などがある。

 今回の症例では、手指振戦、脱力発作、眼球突出などの甲状腺機能亢進症状はなかった。また体重は1.5 kgしか減少していなかったが、食欲があり、いくら食べても太らないと本人は自覚していたとのことで、このあたりと、動悸、頻脈などは甲状腺機能亢進症状と思われる。精神症状もある程度は説明できるが、精神疾患が背景にある可能性は残る。

解答:(a)

そのほかに出題される可能性のある項目

●尿中ヨード排泄量測定で、無痛性甲状腺炎とBasedow病に代表される甲状腺機能亢進症と区別する事ができ、保険診療でも認められている。無痛性甲状腺炎では尿中総ヨード排泄量が増加する。これは破壊された甲状腺組織よりヨード化合物が血中に漏出し、末梢で脱ヨード化されて生じた無機ヨードが再利用されず、腎より尿中へ排泄されるためである。一方、Basedow病に代表される甲状腺機能亢進症では、末梢で脱ヨード化され生じた無機ヨードが効率よく再利用され、尿中総ヨード排泄量は増加しない。

●Basedow病に対する放射性ヨウ素内用療法の積極的に行う適応は、1)抗甲状腺薬で副作用が出た場合、2)抗甲状腺薬でコントロール不良の症例、3)外科的手術後の再発、4)手術や抗甲状腺薬の拒否例、5)心不全、不整脈、周期性四肢麻痺などがあり確実な治療を要する場合、である。ただし、妊婦や妊娠の可能性のある患者、授乳婦には禁忌。18歳以下には慎重投与。目標は甲状腺機能正常~低下。将来、甲状腺機能低下症に移行する可能性が高いことについて同意を得る。500 MBqを越えない場合は外来治療が可能、これを超える場合はアイソトープ室に入院させる。治療後1か月間は甲状腺中毒症状が悪化することがあり、1~2か月後から甲状腺機能が正常化する。甲状腺腫も改善する。

●妊娠期一過性甲状腺機能亢進症は妊娠8~13週頃に胎盤がつくるhCGが甲状腺を刺激して生じる。hCGはつわりの原因であり、TSHと構造が類似している。このため妊婦の5%未満に甲状腺異常が無くても、つわり強い人で血中hCGが著しい高値になると一過性に機能亢進症が生じる。動悸、不整脈が強くない限り安静・経過観察とする。抗TSHレセプター抗体陰性でBasedow病と鑑別できる。

●抗甲状腺薬として使用されるチアマゾール(メルカゾール®)による副作用として顆粒球減少症がある。免疫学的機序によるものとされ、その発現頻度は0.2%と低いものの、重篤な副作用として知られている。顆粒球減少症の発症は初期症状(悪寒、咽頭痛、倦怠感など)の訴えにより確認できる場合もあるが、症状のないまま血液検査でしか確認できない場合がある。突然発症し予測は困難のため薬剤の中止、早期治療などが必要。副作用の重篤化を防ぐためにも、患者への十分なインフォームドコンセントと、白血球数(血液分画も含めて)の測定が望ましい。また、抗甲状腺薬による顆粒球減少症はチアマゾールとプロピルチオウラシル(チウラジール®)の交差アレルギーが確認されているため、原則としてプロピルチオウラシルへ切り替えはしない。

実際の症例では

実際は、いらいら感が主訴で、「職場で、きれやすくなった」、「同僚にもきついことを言うようになった」、「親がたてる物音に敏感に反応し、いらいらしてしまう」などの訴えだった。一見精神疾患などが考慮される印象だったが、精神科に照会する前に、内科的な疾患の鑑別をしておく必要があると考えて診断をつめていったところ、バセドウ病があることが判明した症例である。今回は典型的な症状として提示するため、動悸などを主訴とした。

Follow me!