胸部不快感とST上昇

問題49

84歳の女性が胸部不快感を訴えて救急受診。

既往歴:うつ病で当院精神科通院中。

現病歴:夕刻から胸部不快感が出現し、様子をみていたが改善せず救急外来受診された。

現症:血圧 101/59 mmHg(入院時には80 mmHg台へと低下)、脈拍81/分、整。体温 36.2℃。Spo2 97%、意識レベル清明。肺野両側清。心音については第2~3肋間胸骨右縁に最強点があり右肩から心尖部までの広い範囲で収縮中期に粗く漸増漸減の駆出性収縮期雑音Levine 3~4度、心尖部付近に最強点がある汎収縮期雑音Levine 3度を聴取。腹部異常なし。下肢の浮腫なし。

検査所見:血液所見:白血球15000/μL、赤血球400万/μL、Hb 12.1 g/dL、Hct 38.3%、血小板32.7万/μL。血液生化学検査:CRP 0.29 mg/dL、LDH 464 U/L、AST 37 U/L、ALT 9 UL、ALP 362 U/L、γ-GTP 9 U/L、T-Bil 0.6 mg/dL、T-P 6.8 g/dL、Alb 3.6 g/dL、Amyl 91 U/L、CPK 163 U/L、CPK-MB 30 U/L、BUN 28 mg/dL、Cr 0.81 mg/dL、BNP 141.3 pg/mL、TropT 0.741 ng/mL、H-FABP(+)

心電図を示す。

心臓超音波検査を示す。左は拡張期、右は収縮期

僧帽弁
大動脈弁

流速評価

左室流出路最高流速5.86 m/sec  左室流出路圧較差128 mmHg

大動脈弁口最高流速2.02 m/sec

大動脈弁口圧較差16 mmHg 三尖弁口圧較差35 mmHg

もっとも考えられる疾患はどれか。ひとつ選べ。

(a)急性心膜炎

(b)肥大型心筋症

(c)たこつぼ型心筋症

(d)感染性心内膜炎

(e)急性心筋梗塞

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例99)

 心電図検査ではV1~V5まで明らかにST上昇が認められている。このため今回の症状が急性冠症候群も含めた心疾患を念頭に入れてすすめていく。採血検査ではCPKは163 U/Lと正常であるが、CPK-MBは30 U/Lと軽度上昇しており、トロポニンT(TropT)も0.741 ng/mLと上昇(基準値は0.014 ng/mL未満)、H-FABPなど心筋障害マーカーが陽性となっている。しかし逆に言うと、心電図で明らかなSTの変化があるにもかかわらず、CPK正常、CPK-MBも軽度の上昇に留まっており、よく遭遇する急性冠症候群とは少し違う。

 そこで心臓超音波像をみる。図1で拡張期と収縮期とを比較すると心尖部(黄矢頭)がほとんど動いていないことがわかる。心尖部がほとんど動いていない心臓では、これをカバーしようとして心基部の過収縮が生じて左室流出路が狭くなっており(図1赤矢印)、この所見からはたこつぼ型心筋症が疑われる。その過収縮時の形態がちょうどたこつぼに似ていることから日本人が命名した疾患である。過収縮が生じる左室流出路では流速が大きく、圧較差も著しく大きくなる。今回の症例でも、左室流出路最大流速は5.86 m/sec、左室流出路圧較差も128 mmHgで、いずれも著しく高い値となっている。

図1:左は拡張期、右は収縮期。心尖部が拡張期と収縮期でほとんど動いておらず(黄矢頭)、逆に心基部では収縮期に過収縮が認められる(赤矢印)。さらに加齢に伴ってみられるS字状中隔肥厚もみられており(青ライン)、たこつぼ型心筋症による過収縮に加えて、これも左室流出路狭窄に影響している可能性がある。

一方、肥大型心筋症のように心室中隔が肥大した場合や、今回のように心基部の過収縮により左室流出路が狭くなっている場合は、ここに加速血流が生じた結果、左室流出路に近い僧帽弁前尖が中隔に引き寄せられる。これが僧房弁前尖の収縮期前方運動(systolic anterior motion)である。今回の症例でもこれが認められている(図2)。すると本来左室収縮期に逆流しないように閉鎖しているべき僧帽弁がきちんと閉じていない状況が生まれ、その状況のもとで著明に増加した左室流出路圧較差を逃がそうとするため必然的に僧房弁閉鎖不全が生じ著しい逆流が認められている(図3)。なお今回の症例では、加齢に伴ってみられるS字状中隔肥厚もみられており(図1青ライン)、たこつぼ型心筋症による過収縮に加えて、これも流出路狭窄に影響している可能性がある。

図2:左は拡張期、右は収縮期。拡張期には僧房弁前尖(黄矢印)は心室中隔(赤矢印)と離れているが、収縮期には前方に引き寄せられて中隔とくっついている。これが僧房弁前尖の収縮期前方運動(SAM:systolic anterior motion)である。

図3::僧房弁閉鎖不全により著しい逆流が認められる。

たこつぼ型心筋症が疑われる場合、もちろん冠動脈疾患を除外しておく必要がある。今回の症例でも冠動脈造影を行ったが有意狭窄は認めなかった。また、左室造影では、心尖部が拡張期と収縮期でほとんど動いておらず、逆に心基部では収縮期に過収縮が認められる(図4:赤ライン)。

図4;左室造影。左が拡張期、右が収縮期である。心尖部が拡張期と収縮期でほとんど動いておらず、逆に心基部では収縮期に過収縮が認められる

一般に、たこつぼ型心筋症とは、左室心尖部に原因不明の無収縮領域が認められ、収縮期に左室が「たこつぼ」の様な形態を呈する疾患である。高齢女性(男女比1;7、平均年齢60歳台)に多くみられる。発症前に、詳細な発症機序は不明ながら、心因的ストレスや、身体的ストレスを認めることが多い。今回の症例でも、息子が亡くなって以来うつ状態が続いており、当院精神科で処方を受けていたとのことであった。心室内血栓、心破裂など重篤な合併症がない限り通常予後も良く、1カ月程度で、心筋障害も自然軽快することが多い。

本疾患は心基部過収縮に由来する左室流出路障害によって心拍出量が保てていないために血圧が保てないという病態である。したがって肥大型心筋症の場合と同様、治療薬としては、収縮を促進するような強心薬は過収縮をさらに増悪させ圧較差がさらに広がり禁忌である。また亜硝酸薬などは前負荷を軽減し、静脈還流が低下するためこれもさらに血圧を低下させてしまい禁忌である。結局、β-遮断剤で過収縮をおさえ、輸液をして前負荷をかけることにより血圧は改善する。

解答:(c)

試験の傾向

総合内科専門医試験の本来の試験目的から考えて、今回は、一般内科医として、問診、採血検査、心電図検査、心エコー検査、あたりで診断を考えるかたちで作問した。しかし、心エコー所見ではなく循環器専門医が施行した特徴的な収縮期の左室造影の所見を提示して診断させる問題も出題されているので、この画像をしっかり記憶しておきたい。

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