高齢者の失神で救急搬送

問題60

84歳の女性が失神の精査のため救急搬送となった。

現病歴:脳梗塞のため普段からうなずくなどして意思疎通ができていた。本日朝、家族がデイサービスに行く準備をしている際に、本人とコミュニケーションをとろうとするもうなずいたりして意思表示ができず、食事もとれない状態であったため、家人が救急搬送を依頼し当院救急受診された。

現症:意識傾眠傾向。JCS10程度。血圧 79/44 mmHg、脈拍 63/分、整。体温 36.2℃、Spo2 89%。心音ではⅣ音を聴取し、心尖部に収縮期駆出性雑音を聴取する。

心電図と心エコー図を示す。

V4~V6の×1のキャリブレーションでの波形

本疾患の治療薬として適切なものはどれか。2つ選べ。

(a)亜硝酸薬

(b)ジギタリス

(c)Ca拮抗薬

(d)β遮断薬

(e)カテコラミン製剤

解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例293として扱ったもの)

閉塞性肥大型心筋症(HOCM;hypertrophic obstructive cardiomyopathy)の症例である。これは肥大型心筋症の中で、左室流出路障害が生じるものをいう。心電図では左室高電位、Ⅱ、Ⅲ、aVF、V3~5で非対称性ST低下を伴う陰性T波、など左室肥大所見、Ⅰ度AVブロックなどがみられ、特にV3~4では肥大型心筋症(HCM;hypertrophic cardiomyopathy)に特徴的とされる巨大陰性T波(深さ10 mV、目盛で10 mm以上)がみられている(図1)。この所見は肥大型心筋症に特異的というわけではないが、巨大陰性T波をみれば肥大型心筋症を第1に考えてみたいところである。

そもそもHCMの病態として心筋の肥大により心室の容積が減少するとともに、心筋の線維化や走行の異常も生じて心筋の硬さが増大する。その結果、心室容量のわずかな増加によっても拡張期圧は容易に上昇してしまうため拡張障害が生じる。今回提示した心エコーは拡張終期のものばかりだが、左室は全周性に肥大しているが、特に心室中隔に著しい。特に左室後壁に比べて心室中隔が著明に肥厚している状態を非対称性中隔肥大(ASH;asymmetric septal hypertrophy)という。HCMの中でもHOCMでは、この著明に肥厚した心室中隔があるため、ここを通過する血液は物理的にこの中隔にさまたげられながら流出されることと、これに加えて収縮期の僧帽弁前尖の前方運動(systolic anterior movement;SAM)によって、左室から大動脈への流出がさまたげられるため左室流出路障害が生じる。このSAMは、肥大した心室中隔によって左室からの流出がさまたげられ、Venturi効果によって僧帽弁前尖が引き寄せられる現象である。以上の病態でベースのHCMの左室拡張障害に加えて、左室流出路障害による心拍出量の低下により心原性ショックとなったものと思われる。

図1:キャリブレーションを×1にした心電図。STの低下(赤矢印)、V3、V4で深さ10 mV(目盛で10 mm以上)の巨大陰性T波(青矢印)がみられている。肥大型心筋症に比較的特徴的とされる。またこのスケールではP波が確認できてⅠ度AVブロックがあることも確認できる。

図2:いずれも拡張終期を示している。(a)傍胸骨長軸像、(b)大動脈弁、僧帽弁両者が同時に観察できる断面での長軸像。(c)左室、左房を中心にした二腔像。左室は全体的に肥厚しているが、特に心室中隔の肥厚が目立っている(黄矢印)。(d)左室を主体にした四腔像。LA;左房、LV;左室、Ao;大動脈、RA;右房、RV;右室。

図3:(a)大動脈弁が開口した時に、閉鎖した僧帽弁の前尖が収縮期に心室中隔に当たっている。これが収縮期僧帽弁前方運動(systolic anterior movement; SAM)であり、閉塞性肥大型心筋症と考えられる。(b)僧帽弁に合わせたMモード像。収縮期にSAM(橙色矢印)がみられ、これが心室中隔に接している。M弁;僧帽弁。

一般にHCMの治療として、左室拡張障害に対して心収縮力を抑制するカルベジロール(カルベジロール®)のようなβ遮断薬やベラパミルなどCa拮抗薬、さらにHCMのうち左室流出路障害があるHOCMの場合には、これを改善させる目的ではNaチャンネル遮断薬(旧来の分類のⅠa群抗不整脈薬)であるシベンゾリン(シベノール®)やジソピラミド(リスモダン®、ジソピラミド®)が用いられる。注意すべき点は、心筋の興奮を直接促進させるジギタリス製剤は流出路狭窄を悪化させ禁忌、利尿剤は循環血液量を減少させる結果、左室内腔を小さくするため左室流出路狭窄を悪化させやはり禁忌、血管拡張薬や亜硝酸製剤も静脈還流量を低下させるため左室内腔を小さくし、やはり流出路狭窄を悪化させて禁忌である。

解答:(c)(d)

そのほかに問われる可能性のある項目

●HCMの約半数は家族内発生し常染色体優性遺伝をとる。心筋サルコメア関連蛋白遺伝子の変異によるものとされている。

●HCMの若年発症例の予後は悪く、若年者(特に10~30歳台)の突然死の原因として重要。運動中の突然死が多い。運動負荷中に血圧が上昇しない(25 mmHg未満)型、持続的に血圧が低下する型、運動後回復早期に一過性の血圧低下がある型、など異常な血圧反応を示す症例は若年者の突然死のリスク因子である。

●HCMのトロポニンT遺伝子変異は予後不良、心筋ミオシン結合蛋白Cの遺伝子変異は予後良好。

●HOCMの治療として、心停止、心室細動あるいは持続性心室頻拍からの蘇生例については二次予防として植込み式除細動器(ICD)植込みの適応となる。薬剤抵抗症例には欧米中心に、経皮的中隔心筋焼灼術が試みられている。これらも出題されたが、誤っているものを選ぶ問題であり、選択肢に禁忌である亜硝酸製剤があったので、これを知っているかどうかをみるのが目的での出題であったと思われる。

実際の症例では

十分な輸液を行って血圧を改善させ、左室流出路障害を改善させるためシベンゾリン(シベノール®)100 mg 3錠/日、β-遮断薬カルベジロール(カルベジロール®)2.5 mg 1錠/日で投与が開始された。

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