嘔吐と食欲不振で
問題28
72歳の男性。5日前に、嘔吐と一過性の頭痛があり、4日前に再度嘔吐し、食欲不振となり、右手のしびれが出現している。嘔吐があるため食事できないことが多くなり、当院救急受診となった。
既往歴:高血圧、高脂血症、高尿酸血症、逆流性食道炎、不整脈で近医通院。内服薬はアムロジピン、カルベジロール、アスピリン、モサプリド、エソメプラゾール、ロスバスタチン、フェブキソスタット。
生活歴:飲酒歴:以前はビール大瓶1本+中瓶1本/日、最近は缶ビール350 ml/日。喫煙歴:10年前まで20本/日、それ以降禁煙できている。
現症:血圧 187/77 mmHg(降圧薬を飲めていない)、脈拍 50/分、整。体温 36.2℃、Spo2 96%。意識レベルJCS-1。両側握力良好、左右差なし。Barre兆候;右上肢は回内して下降し、右下腿は下降しいずれも陽性。軽度構語障害を認める。
頭部単純MRIを示す。
本疾患について正しいのはどれか。
(a)グリセオールが有効である。
(b)アルコール多飲患者に多い。
(c)軽いものも含めて頭部打撲の既往を訴えることは少ない。
(d)認知症が生じた場合、治療後も改善しないことが多い。
(e)治療後の再発は稀である。
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例158)
頭部MRI検査で、左前頭部、側頭部、後頭部硬膜下に三日月型を呈するT1強調画像で等信号~高信号、T2強調画像で高信号~低信号の病変を認め、左硬膜下血腫と考えられる。この血腫により脳の正中偏位(midline shift)を認める。慢性硬膜下血腫は、発症機序として、まず本人も覚えていないほど軽微な頭部外傷が原因で、硬膜下に外膜と内膜の2つの被膜を伴う血腫が形成される。特に外膜は新生血管が形成されて破綻しやすく、出血を繰り返すために徐々に血腫は拡大する。問診で約8割の患者に軽微な外傷の既往があり、通常発症の3週間~2か月前である。男性、アルコール多飲者、高齢者、に多く、今回の症例はすべて当てはまる。非外傷性の場合、抗血小板薬(今回の症例ではこれもあてはまる)や抗凝固薬の使用者、硬膜への癌転移患者、脳室シャント術既往患者、人工透析患者、などで生じる。血腫は通常一側性だが10%の症例で両側性である。血腫が徐々に増大し、脳実質を圧迫することによってさまざまな大脳皮質の巣症状を生じ、片麻痺(不全麻痺など程度はさまざま)や失語、構語障害、意識障害、認知機能障害を引き起こす。中年で生じる場合は、脳萎縮がないのでクモ膜下腔が早期に満たされ、頭痛や嘔吐など頭蓋内圧亢進症状が初期症状となりやすいのに対して、高齢者では、食欲不振、尿失禁、歩行障害などが出現し、認知症と間違われやすい。また慢性ということで緩徐に進行することが多いが、稀に急速に症状が出現、増悪する場合もある。本症例では穿頭ドレナージを施行していただいたところ、症状は消失した。
表1:血腫の経時的変化。
血腫は経時的に高吸収域から低吸収域へと変化する(表1)。MRIでは血腫の信号パターンも経過とともに変化するが、受診時にはT1、T2とも高信号のことが多い。MRIの信号パターンからは亜急性期の慢性硬膜下血腫と考えられる。もし長期間放置すると脳の圧迫が進み、脳ヘルニアで意識障害を起こしうる。治療は穿頭ドレナージ術による血腫除去であり、脳神経外科医に連絡する。ほとんどの症例では手術後すみやかに症状の改善、治癒にいたる。重症例や高齢者の例では後遺症が残る場合もある。再出血の頻度は10~20%で1か月以内に起こりやすく、脳萎縮が強くてスペースが広い症例に多い。血腫が少量の場合や症状が軽い例では2~3週間の間隔でCT画像をフォローアップし、保存的に経過観察される場合もある。グリセオールなど脳圧降下薬や止血剤の効果は証明されていない。内科医として、治療可能な認知症として頭に入れておく必要がある。
解答 (b)