尿量が減った
問題51
53歳の男性が下痢と食欲不振を主訴として来院。現病歴:4日前から水様性下痢と38℃の発熱が出現。2日前から乏尿となった。本日、当院受診。下痢はまだ持続しており、Cr 2.23 mg/dL、BUN 63 mg/dLと腎機能障害も認められたため入院とした。
現症:身長158 cm、体重47 kg。血圧 113/98 mmHg、脈拍 108/分、体温36.9℃。Spo2 97%、眼瞼結膜に貧血を認めず、眼球結膜に黄疸を認めず。心音、呼吸音に異常はないあ。腹部は平坦、軟。下肢に浮腫を認めず。神経学的所見に異常なし。
検査所見:血液所見:白血球7700/μL、赤血球554万/μL、Hb 18.3 g/dL、Hct 49.4%、血小板26.9万/μL、血液生化学所見:BUN 63 mg/dL、Cr 2.23 mg/dL。
この診断に有用な検査を2つ選べ。
(a)腹部超音波検査
(b)尿中Na濃度測定
(c)尿pH測定
(d)血清K濃度測定
(e)腎シンチグラフィー
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例58)
腎不全患者をみた場合、①急性のものか慢性のものか、②腎後性か腎性か腎前性か、という点について考えていく。主にこれは問診や理学所見、画像、検査所見、などの視点で評価する。
1)問診・理学所見から:病歴をきっちりとれば、ベースに慢性腎不全があった話もなく、下痢が続いたあとに腎不全が進行している経過もあるため、急性の腎前性腎不全は第一に疑うところである。その他、嘔吐や発熱の持続なども腎前性腎不全を疑わせる病歴である。脱水の評価は成人ではなかなか難しい場合が多いが、長期間続く脱水が背景にある腎前性腎不全の場合は舌や腋窩部、皮膚の乾燥、体重減少などの所見がある。下腹部正中の膨隆があれば尿閉が疑われ、腎後性腎不全が疑われる。
2)画像から:腹部超音波検査が最も簡便で有用である。もしかなり進んだ慢性腎不全がある場合は、両側腎萎縮がみられ、さらに腎実質のエコー輝度が上昇し、皮質と髄質との境界が不明瞭となる。逆に、急性腎不全の場合は、大きさの変化があるとすれば腫大するはずであり、両者の鑑別は可能である。また腎後性腎不全の場合は、両側か水腎症や膀胱内の高度の尿貯留が認められるはずである。腎前性の場合は、下大静脈の虚脱がみられる。
3)検査所見から:腎前性腎不全の場合は尿中へ水分とNaが排泄されないように抑制がかかり、細胞外液量を保持しようとする。そのため尿量は低下し、濃縮尿となる。一方、腎性腎不全では尿細管障害のため、じゃじゃもれしているイメージであり、尿浸透圧も血漿浸透圧に近く、尿中Na濃度も血清Na濃度に近くなる。この点をもとに両者の鑑別表をみていただければよい。FENaはNa排泄率(%)で(CNa/CCr)×100であり、Na排泄の程度をみる指標である。腎性か腎前性かを鑑別するうえで最も精度がよい。腎前性腎不全と腎性腎不全との鑑別について表にまとめた。
1)RFI;renal failure index=(尿中Na濃度)/{ (尿中Cr濃度)×(血清Cr濃度) }
解答:(a)(b)
実際の症例では
今回の実際のデータは採血検査でNa 124 mEq/L、血漿浸透圧 285 mOsm/kg、尿検査で比重1.030以上、沈渣では赤血球1-2/視野、白血球1-2/視野、尿中Na 10 mEq/L、尿中Cr 547.0 mEq/L、尿浸透圧364 mOsm/kgだった。尿所見は軽微であり、尿/血清Cr濃度比は52.7と40を超え、尿Naは10 mEq/Lと20未満、FENaは0.15と1未満、renal failure indexは0.19で1未満となり、病歴聴取の段階で予想した通り、明らかに腎前性腎不全と診断してよさそうである。今回は典型的な症例として提示するため問題文ではBUN/Cr比を>20に設定して提示した。ただし実際のデータではCr 10.38 mg/dL、BUN 90 mg/dL でBUN/Cr比は20以上ではなかった。これについては2つの可能性を考える。ひとつはたとえ腎前性腎不全でもここまで腎不全が高度となると腎実質性障害も伴なってきた可能性、もうひとつは、今回の原因が下記に記載するようにサルモネラ菌だったため、この菌が産生する毒素が腎性腎不全の要因になった可能性が考えられる。また尿浸透圧364 mOsm/kgと500 mOsm/kgを超えてはいなかったのも腎実質障害が進んでいて濃縮能が低下してきていたためと思われる。
臨床症状からは下痢が持続しており、CRPも 8.46 mg/dLと高く、細菌性腸炎を考えなければならなかったが、便培養の結果、サルモネラ菌(Salmonella serogroup O9)が検出された。患者に心当たりの食事をふりかえっていただいたところ、下痢発症の前日の夕食に生卵を食べていることが判明し、これが原因ではないかと思われた。治療としては基本的に細胞外液を輸液し、下大静脈径、尿量などをモニターし腎機能は回復、eGFRに合わせたレボフロキサシンの投与を行い、速やかにCRPも陰性化した。ただし最近では、サルモネラ腸炎に限らず一般に細菌性腸炎に対する抗菌薬投与については排菌期間を長引かせるために使用しないよう勧める報告が多い。