意識障害で搬送
問題33
63歳の男性が意識障害で搬送された。
既往歴:統合失調症でバルプロ酸(デパケンR®)200 mg 6錠/日(情動安定化作用を期待して処方しているとの前医の情報)、パンテチン(パンテチン®)100 mg 6錠/日、レボメプロマジン(レボトミン®)5 mg 1錠/日内服中。
生活歴:飲酒歴:なし。喫煙歴:35歳まで20本/日、以後禁煙。
家族歴:特記事項なし。
現病歴:統合失調症で5年前から他院で加療中。搬送前日夕方より急に頭痛を訴え、経過をみられていたが、搬送当日朝からJCSで300台に低下し、血圧92/64 mmHg、脈拍84/分、Spo2 91%となっているため当院救急搬送された。
現症:血圧 149/91 mmHg、脈拍 70/分、整。体温 37.3℃。Spo2 93%。救急室到着時は開眼していて名前は言えて、呼びかけにも反応あり。5L/分で酸素投与されていた酸素マスクを自らはずされた。瞳孔に正常大、左右差なし。眼瞼結膜に貧血なし。黄疸なし。頸静脈怒張を認めない。胸腹部には異常なし。四肢に麻痺なし。
頭部CTを示す。
診断のために重要な検査は何か。次の中らか1つ選べ。
(a)腰椎穿刺
(b)脳波検査
(c)頭部造影CTアンギオ
(d)脳血流シンチ
(e)抗てんかん薬の投与
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例248として扱ったもの)
今回の症例は、クモ膜下出血である。総合内科専門医として、すみやかに脳神経外科医へと連携することが重要な対応であるが、試験として出題されるとすれば今回よりももっと典型的で診断しやすい症例と思われる。今回はていねいに画像をみないと見逃されやすい症例を選んだ。基本的に私が教わったことは、脳溝に左右差がないかどうかに注意しながら丁寧に1つ1つの画像をみていくと少量の出血にも気づきやすいということである。もちろん脳溝が全く左右対称になっているわけではないが、各画像で脳溝の見られる頻度は正常であれば左右でほぼ同じはずであるが、これに左右差がある場合は注意したい。今回の症例でもそのことが言える(図1と図2)。
図1:頭部CT。脳溝の左右差に注目して読影すると赤矢印のところに相当する対側の脳溝がはっきりせず、出血した血液で満たされて脳溝が消失しているのではないかまず疑う。
図2:頭部CT。脳溝に左右差があるとみれば、今度は高吸収域をさがす。微妙な部位はあるが、少なくとも赤矢印で示すところは出血した血液をみているものと思われる。
頭部単純CTで明らかにSAHと診断できる場合は、次に行うべきことは頭部造影CTアンギオによる動脈瘤の同定であるが、単純CTだけでは確定診断まではしにくい今回のような症例では、頭部MRIとくにFLAIR画像をとってみる。FLAIRであれば急性期のみならず亜急性期例の診断も可能でCTと同等かそれ以上の描出力があるとされる。急性期はCTと同等の診断能であり、出血の吸収値が低下してくる亜急性期はCT以上の診断能とされる。軽微なSAHもFLAIRであれば明瞭な高信号として描出される。
今回の症例ではまずクモ膜下出血があるのではないかと疑っておき、MRIのFLAIR画像でその領域が高信号かどうかを確認しておきたい。そこでMRIを行ったところ、両側側頭葉~頭頂葉の脳表に沿って血液と思われる信号がみられ、やはりこれはSAHであると確診できる(図3)。
図3:頭部MRI。FLAIR画像で脳溝に沿って高信号が両側側頭葉から頭頂葉に認められ、クモ膜下出血と確診できる。
まずクモ膜下出血(SAH:subarachnoid hemorrhage)の基本的な知識をまとめる。SAHは脳血管障害の10%、突然死の7%を占める。好発年齢は40~60歳で、男女比は1:2と女性に多い。リスク因子としては喫煙、高血圧、大量飲酒、家族歴(4-10%)、ストレスなどが挙げられる。原因としては脳動脈瘤の破裂が80%以上と最も多く、動脈瘤がはっきりしない中脳周囲非動脈瘤性くも膜下出血が10%を占める。その他、稀な原因としては動脈解離、脳出血のクモ膜下腔への穿破、動静脈奇形(こちらは20歳~40歳台の男性に多い)などもある。最も多い脳動脈瘤の破裂部位としては90%が内頚動脈(internal carotid artery; ICA)、前交通動脈(anterior communicating artery; A-com)、中大脳動脈(median carotid artery; MCA)、10%が椎骨脳底動脈(vertebral artery-basilar artery; VA-BA)系であり、20%に多発する。3大合併症として知られているものとして再出血(24時間以内、特に6時間以内)、脳血管攣縮による脳梗塞(3日目~2週間後)、正常圧水頭症(数週~数か月後)、がある。予後には、発症時の意識障害の程度、動脈瘤再破裂の有無、血管攣縮の有無が影響する。症状として最も特徴的なものは突然の頭痛(90%)、しかもバットで殴られたような激しい頭痛、や今回のように意識障害で搬送されてくることが多い。片麻痺など局所症状はないことが多い。悪心、嘔吐を伴うことも多いが、通常、髄膜刺激症状(項部硬直など)は数時間後(12時間以内ははっきりしないこと多い)から発症する。特殊な症状としては、内頚動脈後交通動脈分岐部動脈瘤(internal carotid-posterior communicating artery aneurysm; IC-PC aneurysm)が急速増大して、動眼神経を圧迫し、一過性動眼神経麻痺(散瞳から始まり眼瞼下垂)を呈することがある。
なお腰椎穿刺は、頭部CTなど画像検査で診断がつく場合には、出血の助長、また徐脈や眼底の乳頭浮腫所見がある場合には脳ヘルニアや出血を助長するため禁忌である。
解答 (c)
救急室で一旦改善していた意識障害も、CTなどの検査をしているうちにふたたび悪化するなど、意識レベルは不安定な状態となっていた。脳神経外科での管理をお願いした。