手が伸ばせない
問題80(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例323で補足問題として扱ったもの)
65歳、女性。左肘に力が入らないとの主訴で来院した。
現病歴:1時間ぐらい昼寝をしていた。起きてみると左手に力が入らず物が持てなくなっていることに気づいた。しばらく様子をみていたが改善がないため受診された。会話の呂律障害なし。下肢の麻痺なし。両側上腕、前腕をまっすぐに伸ばしても維持できるが、写真のように手がのばせず、手関節での背屈ができない。左第1指から第2指にかけての範囲に感覚鈍麻あるが、そのほかの指は正常である。
この患者での障害を受けている筋はどれか。
(a)総指伸筋
(b)長・短母指屈筋
(c)母指対立筋
(d)背側骨間筋
(e)長・短母指屈筋
解説
これは左手関節の背屈ができないため、いわゆる下垂手(たれ手)を呈している。典型的な橈骨神経麻痺の所見である。橈骨神経は、手関節や指の伸展にかかわっており、これが麻痺すると、手関節の背屈ができず、指を伸展することができなくなる。橈骨神経の支配筋は、長橈側手根伸筋、短橈側手根伸筋、尺側手根伸筋、総指伸筋、長母指外転筋、長母指伸筋、短母指伸筋など手関節の伸展、背屈、母指の外転や伸展に関与している。
橈骨神経麻痺の原因として、上腕骨骨折によるもののほか、内科診療に来られるケースとしては睡眠中に神経圧迫によるものがある。睡眠中の神経圧迫については、腕枕をすることで生じることがありhoneymoon palsyあるいはハネムーン症候群と呼ばれている。また飲酒後に寝てしまい朝起きてみると症状に気づくというパターンも多く、土曜の夜麻痺と呼ばれることもある。感覚麻痺、感覚鈍麻は、橈骨神経の分枝である後前腕皮神経の障害で前腕の橈側、さらに橈骨神経浅枝の障害で主に第1指から第2指にみられる(図1)。
図1:橈骨神経とその分枝の走行からみた感覚鈍麻の領域の分布。橈骨神経溝近傍での神経圧迫により前腕伸筋群と第1指から第2指にかけてのしびれがみられる。
一方、正中神経の支配筋は、浅指屈筋、深指屈筋、母指対立筋、長母指屈筋、短母指屈筋、虫様筋などで、正中神経障害により猿手とよばれる症状を呈する。また尺骨神経は、掌側骨間筋、背側骨間筋、小指外転筋、小指対立筋などであり、尺骨神経麻痺の場合は、鷲手と呼ばれる症状を呈する(図2)。
今回の症例では、昼寝の間に橈骨神経が圧迫を受けて生じたと考えられた。
解答 (a)