脈拍191/分で呼吸苦
問題68
70歳の男性。3時間前から立ちくらみ、冷汗、呼吸苦が出現。安静にしていたが症状おさまらず。当院救急受診した。
現症:意識清明。血圧 78/47 mmHg、脈拍 191 /分、Spo2 96%。
来院時の心電図を示す。
治療後の心電図を提示する。
心電図診断として正しいものを1つ選べ。
(a)心房粗動
(b)心室頻拍
(c)洞性頻脈
(d)心房細動
(e)上室頻拍
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』第3版の症例22)
典型的な上室頻拍であり医学生のレベルであるが、実際試験に出ているためおさらいの意味もかねてとりあげた。まず、現症からは頻脈発作が起こっていることは明らかである。本来診療録には脈拍数のあとに整か不整かを記載するが、今回は問題提示のために整と記載していない。血圧は78/47 mmHgとかなり低くなっている。心臓は、十分な血液がもどってきたものをしっかり拍出してこそ血圧を保つことができるわけだが191/分の頻脈にもなると、十分に心臓に血液がかえるひまもないうちに次から次へと拍出している状態で、十分な心臓の拡張が得られないため有効な心拍出が行えず、血圧が低くなってしまう。心電図診断ではQRS波は幅の狭い正常な形をとっており、上室性であることがわかる。また心房細動のf波のように不規則な基線の動揺のような形をみせたり、不規則にQRS波が出現したりするわけではなく、心房粗動のF波のように鋸歯状の規則正しい心房の振れがあってそのいくつかに1回が心室に伝導しQRSが出現するといったパターンでもない。QRS波は正常幅で規則正しく、1分間に150~250回程度の心拍がみられており発作性上室頻拍(PSVT;paroxysmal supraventricular tachycardia)である。P波はしばしばQRS波にかくれて確認できない時が多い。病名の通り、洞性頻脈と異なり、突然、発作的に起こる。また突然消失することもある。原因は、上室内で発生したリエントリー回路の形成である。これは大きく分けて房室結節リエントリー性頻拍(AVNRT、60%)と副伝導路症候群(房室リエントリー性頻拍AVRT)とがある。AVNRTは心房と心室を結ぶ伝導路が2~3本あり、このうち速伝導路と遅伝導路との2つの経路を介して房室結節内でぐるぐる電気がまわり頻拍となる。AVRTは心房心室間に先天的に副伝導路(例えばWPW症候群におけるKent束)という伝導路があり、この伝導路を介して心房と心室の間をぐるぐる電気がまわり頻拍となる。以上の他に、心房頻拍(PAT)という言葉もあるが、これは上室頻拍のうち、房室結節より上の部位(心房側)で発生するものであり、房室接合部周辺で発生する房室接合部性頻拍と区別して使われる言葉である。両者を鑑別するにはP波の出現するタイミング、形、PR間隔などを確認する必要があるが、実際、頻拍となるとP波を確認することが困難となるため、心房頻拍と房室接合部制頻拍をひとまとめにして上室頻拍と呼んでいる。
一般にPSVTの治療はその目的により1)発作の停止と2)発作再発の予防、とに分けられる。1)発作の停止:発作の停止を急ぐ場合には、DC ショックや高頻度ペーシングを行う。緊急的な発作停止の必要がない場合、頚動脈洞マッサージ、息こらえ(Valsalva 手技)なども報告されているが、実際有効率は高くはない。そこでⅣ群であるCaチャンネル遮断薬(ベラパミル5 mg(ワソラン®)、ジルチアゼム10 mg(ヘルベッサー®)、いずれも5 分間で静注)あるいはⅤ群であるATP(半減期が10秒のため10 mg を1~2 秒で。ただし本来は本症には保険適用外、アデホス、トリノシンS®)静注により90~95 % 以上の例の発作を停止できる。ATPは強力に房室伝導を抑制するため房室結節を回路に含む頻拍にはすべて有効である。以上の治療にもかかわらず発作が停止しない場合にはDC ショックあるいは高頻度ペーシングによる停止を行う。2)発作再発の予防:本疾患の原因は上室側で発生したリエントリー回路の形成である。したがってこの回路をX線透視下に焼灼するカテーテルアブレーションを第一選択とする。
解答:(e)
実際の症例では
すでに症状が出てから患者みずから自宅の血圧計で血圧がエラー表示となって測れないことに気づかれていた。今回の症例では、当直医の判断でベラパミルを緩徐静注された結果、頻拍は消失した。結果的にはこれによりショックから離脱できたのだが、このようなショックあるいはプレショック状態で、ベラパミルを投与すると、陰性変力作用によりさらに血圧が低下し状態が悪化する可能性もあり注意を要する。今回の場合、薬物療法とすれば、ATPの方が陰性変力作用も少なくより安全に治療できたと思われる。ただしATPは房室伝導を強力に抑制するため、速効性があるがしばしば房室ブロックが生じてから、洞調律へと変化する。ガイドラインではこのような場合は、DCショックか高頻度ペーシングがすすめられている。
さて、PSVTで必ず血圧が下がるわけではないが、今回のように心臓が原因で心拍出量が保てず、全身臓器が十分な血流を得られなくなってくると心原性ショックとなる。今回の症例ではLDH 1817 U/L、AST 1620 U/L、ALT 1781 U/L、ALP 327 U/L、γ-GTP 478 U/L、T-Bil 0.6 mg/dLであった。全身の循環不全がおこりうるなかで、肝臓も虚血の影響をうけ今回のように肝機能異常をきたすことがある。これを虚血性肝障害、ショック肝などと呼んでいる。これは今回のような心拍出量の低下のほか、重篤な低酸素血症でも生じ、そのような場合には低酸素性肝障害と表現される場合もある。虚血が生じて数時間以内にトランスアミナーゼは急激に上昇し、虚血の程度にもよるがしばしば高い値(最大で200倍程度にまで)をとる。LDHも同様に高値をとることも特徴である。肝組織でzone 3の中心静脈周囲が虚血に弱いため壊死をきたす。ビリルビンは4 mg/dl程度までにとどまる。肝への血流が回復すれば1週間、長くて2週間ですみやかに低下し、肝機能は完全に回復するのも特徴である。今回の症例では、1週間後にほぼ肝機能は正常化した。また患者は後日再入院され、カテーテルアブレーション治療を行った。