若年女性の右季肋部痛
問題74
23歳の女性が右季肋部などに持続する疼痛のために受診した。
現病歴:21日前に中絶手術を受けた。2日前の朝から右季肋部に激痛が出現し救急受診された。非ステロイド性消炎鎮痛剤のみ処方されたが、同日夜に37.7℃の発熱が出現し、その後も微熱が持続し、右季肋部の疼痛が改善せず。さらに心窩部や左上腹部にも痛みが広がり、時には左鎖骨付近にも痛みが出るようになった。倦怠感も出現し痛みのためかがむような姿勢で歩行し、ゆっくりとしか動けず。残尿感や排尿時痛はないが、鎮痛剤を内服しないと下腹部にも疼痛がある。今朝、内科受診した。
現症:身長 160.0 cm、体重 50.5 kg。血圧 92/56 mmHg、脈拍 69/分、整。体温 38.1℃、Spo2 99%、呼吸数 19回/分。腹部は平坦、軟、心窩部と右下腹部に圧痛あり。右下腹部に軽度の圧痛および反跳痛あり。腫瘤触知せず。直腸指診ではダグラス窩に軽度の圧痛あり。
婦人科の内診では子宮頚部に圧痛あり。
検査所見:尿所見:pH 7.0、比重1.010、蛋白(-)、糖(-)、ウロビリノーゲン(±)、ケトン体(-)、潜血(-)、白血球(-)。血液所見:白血球11300/μL、赤血球432万/μL、Hb 12.1 g/dl、Hct 36.8%、血小板42.6万/μL。血液生化学所見:AST 20 U/L、ALT 25 U/L、LDH 205 U/L、CPK 25 U/L、BUN 8 mg/dL、Cr 0.44 mg/dL、BS 101 mg/dL、Na 138 mEq/L、K 4.2 mEq/L、Cl 103 mEq/L、CRP 5.51 mg/dL。
(1)本疾患について正しいのはどれか。1つ選べ。
(a)遺伝性疾患である。
(b)ペットから感染した可能性が高い。
(c)再発することはない。
(d)不妊のリスクにはならない。
(e)性交渉によって感染した可能性が高い。
(2)上腹部の痛みの原因について正しいのはどれか。1つ選べ。
(a)胆嚢炎
(b)肝周囲炎
(c)腎周囲炎
(d)十二指腸潰瘍
(e)急性胃粘膜病変
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例211として扱ったもの)
右下腹部でMacBurney圧痛点付近に圧痛がみられているようであり、頻度から考えても急性虫垂炎をまず疑うところである。しかし、反跳痛が強い割に筋性防衛がみられていないことや、右季肋部から心窩部、さらには左上腹部へと痛みが広がり、上腹部中心に痛みの訴えがあるなど、臨床症状の経過から考えてまず非典型的である。このように若年女性で、発熱と炎症反応があり、反跳痛のわりに筋性防衛が乏しく虫垂炎と考えるには非典型的で、下腹部痛がありながら尿所見に異常がない、さらにはダグラス窩や子宮頚部に圧痛がある場合、必ず考えておきたいのは骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease; PID)であり、特に今回のような右季肋部にかなりの痛みを訴える場合は、これが上行性に波及した結果としての肝周囲炎を考えておかなければならない。
クラミジア(Chlamydia trachomatis)や淋菌はPIDを引き起こす起炎菌として知られている。PIDは右傍結腸溝を介して腹腔内に直接広がったり、あるいはリンパ行性に広がったりして上行感染し、肝周囲の限局的な腹膜炎(肝周囲炎)を起こすことがある。これをFitz-Hugh-Curtis症候群という。もともとの感染部位である骨盤腹膜炎はこれより3週から3か月前に発症していることが多いが、今回の症例のようにこのもともとの感染巣による症状には乏しい場合も多く、それが徐々に広がって肝臓の周囲に至り肝臓被膜や腹膜へと炎症がおよんだ結果、右季肋部痛を主訴とした急性腹症の臨床像を呈する。したがって若年女性の著しい上腹部痛を見た場合に、そのおおもととなった骨盤内感染症の可能性を考え、性交渉歴を問診することが重要である。クラミジアや淋菌などの起炎菌の検索目的で、子宮膣部か膣擦過検体でのPCR検査が推奨されており感度90%、特異度99%以上とされている。ただし、下腹部の炎症はすでに軽快した後、肝周囲炎が主体となった時点で検体提出した場合、陰性の場合もある。ちなみに今回の症例は陰性だった。細菌塗沫培養も含めて、PCR検査とも陰性だった。
パートナーとともに診察を受け、予防しなければ再発する可能性はあり、放置すれば、子宮頚管炎から卵管炎となり不妊の原因にもなる。起炎菌はたとえ検出された菌が1種類であっても検出されにくい菌もあるため複数と考えてクラミジアや淋菌を標的としてカバーする形で治療を開始する。特にキノロン耐性淋菌の増加が報告されている。淋菌性骨盤内炎症性疾患ではセフトリアキソン1回1~2g 1日1~2回1~7日間(重症度による)、またクラミジア性骨盤内炎症性疾患では第一選択がアジスロマイシン(ジスロマック®)250 mg 4錠単回投与、あるいはドキシサイクリン(ビブラマイシン®)100 mg 2回/日内服7~14日、第二選択としてミノサイクリン100 mg 1錠 2回/日やレボフロキサシン500 mg 1錠/日なども推奨されている。そのほか、メトロニダゾールの有効性なども報告されている。
解答:(1)(e)、(2)(b)
実際の症例では
造影腹部CTでは確かに糞石を伴う虫垂が同定でき、径1 cmでごく軽度腫大しているようにみえるが、その周囲には脂肪織濃度上昇は目立たず、この程度の虫垂炎で上腹部に広範囲に炎症がおよんでいるようにも思えなかった(図1)。担当医も婦人科疾患をまず念頭に置き、婦人科にコンサルトし、内診もしていただいた。帯下は白色ないしベージュ色で中等量あり、子宮、付属器などには特に異常はなかったが、問題文では典型例を提示するため「子宮頚部に圧痛」と記載しているが実際の症例ではダグラス窩に軽度の圧痛がある程度であった。このためその時点では婦人科的には異常なしと判断され、外科の方で虫垂の観察や肝周囲を中心とした上腹部の観察も含めてまず腹腔鏡を施行することとなった。その結果、虫垂は長く軽度腫大しており、虫垂炎はあるものと判断し、まずこれを切除した(図2)。その後、肝臓を観察した。図3(d)は別の患者でほぼ正常の肝臓と考えられた腹腔鏡像を提示した。本来正常の肝臓は、ここに示すように表面平滑で均一な光沢のある赤褐色調を呈するが、今回観察された肝臓は表面そぞうで、肝被膜が混濁し、本来の肝臓の色調はくすんでいる(図3(a)~(c))。肝被膜そのものや被膜下の炎症を反映しているものと思われ、腹腔鏡による肉眼所見としても肝周囲炎で矛盾しない像であった。肝表面には少量の血液が付着していたが、その部位に接していたと思われる腹膜にも出血班のような所見があり(図3(a)黄矢頭)、ここからは推測の域を越えないが、もしかすると腹膜と肝との間に初期の癒着が形成されつつあり、腹腔鏡の際の気腹によってこれがはがれて出血した可能性も考えられた。また肝周囲炎を反映する所見として、少量の腹水もみられた(図3(b)黄矢印)。一般に肝周囲炎は急性期にはこのように肝臓表面の滲出性炎症であり、慢性期には肝臓表面と腹壁の間に線維性癒着を生じ、その腹腔鏡における肉眼的外観からviolin-string appearanceと呼ばれる。今回の症例では、少なくとも腹腔の気腹でも断裂しないようなしっかりした線維性癒着はみられなかった。切除された虫垂は軽度びらんを伴い、リンパ球浸潤を主体とするカタル性虫垂炎の所見であった。
図1:径1 cmの軽度拡張した虫垂があり(黄矢頭)その内部には糞石が認められる。しかしその周囲脂肪組織の濃度上昇などはみられない。赤矢印が回盲部付近である。
図2:切除された虫垂。病理学的には軽度びらんを伴い、リンパ球浸潤を主体とするカタル性虫垂炎の所見であった。
図3:(a)~(c)本症例の腹腔鏡像。表面はそぞうで肝被膜の混濁がみられ肝周囲炎に矛盾しない。(a)肝表面には少量の血液が付着していたが、その部位に接していたと思われる腹膜にも出血班のような所見があり(黄矢頭)、腹膜と肝との間に癒着が形成されつつあり、腹腔鏡の際の気腹によってこれがはがれて出血した可能性も考えられる。(b)少量の腹水がみられる(黄矢印)。(d)ほぼ正常の肝臓を観察できた他の患者の腹腔鏡像を示す。肝臓は光沢のある赤褐色調を呈している。
なお、Fitz-Hugh-Curtis症候群のCT画像所見として、ダイナミックCTで造影早期相での肝被膜に沿った造影効果を認める。また肝周囲に限局性の液貯留が起こることもある。さらに線維形成の変化が出てくる時期には、これを反映して遅延性造影を認めることもある。今回の症例では、ダイナミックCTの早期相で肝表面に造影効果がみられ、矛盾しない所見だった(図4)。しかし確定診断のためには、腹腔鏡での観察が決め手となった。今回の症例に示されるように、右季肋部痛を訴えて受診してくる時点では、PIDを疑う骨盤腔内のCT所見は必ずしも認められないが、時に卵管水腫や卵管炎などを疑う所見が認められることもある。
図4:腹部ダイナミックCT動脈相。肝表面に造影効果がわずかに認められる。
その後、外科から依頼されていたクラミジアトラコマティスの抗体、また婦人科からはそれに追加して膣分泌物細菌培養検査と淋菌PCRが依頼されていたが、術後に膣分泌物の細菌培養、淋菌PCRはともに陰性で、血清クラミジアトラコマティスIgG抗体 6.26、クラミジアトラコマティスIgA 16.55、クラミジアトラコマティスIgM抗体 6.70(以上cut-off indexはいずれも 0~0.89)と、クラミジア感染症であると判明した。以上より、本患者の右季肋部を中心として上腹部に広がっていた痛みはクラミジア感染が原因となったFitz-Hugh-Curtis症候群(肝周囲炎)と結論した。
術後の管理として3月31日よりセフメタゾール(セフメタゾール®) 1 g×2回/日を行っていたが術後は一時、硬膜外麻酔の影響で多少痛みは低下したもののやはり症状はおさまらず、症状の原因はやはり肝周囲炎と考え4月3日よりメトロニダゾール(フラジール®)250 mg 4錠/日×5日間、アジスロマイシン(ジスロマックSR成人用ドライシロップ®、ただしこれは製造中止になる見込み)2 g 1瓶/週×1回分を処方した。その結果、治療前にCRPは4.47 mg/dlだったが、4日後には0.36 mg/dlとなり、症状は消失した。