左手が震えてしまう

症例354
【患者】76歳、女性。
【主訴】左手の振戦。
【既往歴】高血圧症、高脂血症、便秘で現在内服加療中。11年前に卵巣腫瘍で手術。定期内服薬はアムロジピン(ノルバスクOD®)5 mg 1錠/日、プラバスタチン(メバロチン®)10 mg 1錠/日、酸化マグネシウム(マグミット®)330 mg 1錠/日。飲酒歴:なし。喫煙歴:なし。家族歴:特記事項なし。
【現病歴】2年ほど前から左手の振戦が出現した。じっとしている時に強い。自分で左手を見るとふるえが止まる。茶碗を持つ時はふるえず問題ない。右手はふるえない。今年になってから、本人は自覚していないが夫の話では「とぼとぼ歩いている」と言われる。階段の手すりは持たなくても昇降は可能である。3年ほど前から歩くとバランスがくずれてこけそうになることがある。昨年つまずいて転倒したことがある。気が遠のくことはない。立ち眩みはない。尿失禁なし。睡眠は2時から8時まで6時間睡眠で、2年前から就寝中に大声をあげていることがある。むずむず足はない。嗅覚障害なし。1年前から便秘である。
【現症】意識清明。身長141.0 cm、体重52.0 kg、血圧164/72 mmHg、脈拍78/分、体温36.4℃、SpO2 95%。眼瞼結膜に貧血なし、眼球結膜に黄疸なし。頚部リンパ節触知せず、頚静脈怒張なし。胸部:呼吸音に異常なし。心音は整、病的雑音聴取せず。腹部平坦、軟、腸蠕動正常、圧痛なし。下肢に浮腫なし。
脳神経
視野検査:正常、眼球運動:下方視やや-2ほど制限あり、複視や眼振はない。顔面筋 やや仮面様顔貌、顔面感覚に左右差なし。
運動系
Barre徴候陰性、左上肢安静時振戦。筋トーヌスは左上肢のみ強剛あり。
協調運動
鼻指鼻試験 左にやや振戦あるが空間分解などなし。膝踵試験 正常。
感覚系
振動覚正常。痛覚、触覚 低下なし。
反射
前腕二頭筋、腕橈骨筋、上腕三頭筋、膝蓋腱反射、アキレス腱反射、いずれも異常なし。Babinski反射認めず。
歩行
やや前屈み、やや腕振りは悪い。
【血液生化学検査所見】
特に異常所見を認めない。
【画像所見】
頭部MRI拡散強調画像 、123I-MIBG心筋シンチグラフィー、脳ドパミントランスポーターシンチ(ダットスキャン)を示す。

頭部MRI拡散強調画像(図1)

123I-MIBG心筋シンチグラフィー(図2)

脳ドパミントランスポーターシンチ(ダットスキャン)(図3)

問題
1)この疾患で認められるものを選べ。
(a)錐体路障害
(b)眼球運動障害
(c)小脳失調
(d)自律神経障害
(e)感覚失語
2)最初の治療薬として適切なものはどれか。
(a)抗コリン薬
(b)レボドパ
(c)ドパミンアゴニスト
(d)MAO-B阻害薬
(e)アマンタジン

解説
今回の症例は典型的なパーキンソン病である。パーキンソン病は、本邦の有病率100~150人/100万人、50歳~65歳に好発し、やや女性に多く、神経変性疾患の中では最も多い。高齢化に伴い高齢発症例が増加している。複数の原因遺伝子が同定されているが、遺伝性の発症は5~10%でほとんどは非遺伝性の発症である。中脳黒質の神経細胞が減少する変性疾患である。黒質と線条体を連携しているドパミン作動性ニューロンから分泌されるドパミンが欠乏して発症する。
4大症状として「振戦」、「固縮」、「寡動、無動」、「姿勢反射障害」が知られている。
1) 振戦:安静時振戦で、無意識のうちに生じる。片側の上肢あるいは下肢、顎に震えが生じる。動作を開始すると震えは止まる。初発症状となることが多い。今回の症例でも左手に無意識のうちに振戦がみられ、意識すると止まっている。振戦は上肢に発症した場合は同側の下肢へ、下肢が初発なら同側の上肢へとまず広がり、次いで初発部位の対側へ、さらにその上肢下肢のように広がる。
2) 筋強剛(固縮):筋肉の緊張が強くなり、関節の動きがぎこちなくなる。診察時に、手足を受動的に動かせてみると、関節の歯車様(規則的に抵抗の変化を感じる)または鉛管様(連続的な抵抗を感じる)と表現される抵抗がある。今回の症例も発症している左上肢に筋強剛が認められている。
3) 寡動・無動:動作の開始に時間がかかり、動作自体も遅くなる(動作緩慢)。まばたきが減り、顔の表情も硬くなり、無表情になってくる(仮面様顔貌)。字が小さくなる(小字症)。今回の症例でも仮面様顔貌が認められている。
4) 姿勢反射障害:発症数年後にみられる。後ろに押されるとバランスがとりにくくなって転倒しやすくなる。今回の症例でも転倒しやすくなっていることがうかがえる。
これらにより、日常生活では歩行障害がめだつようになり、前傾姿勢(パーキンソン姿勢;頭部と体幹を前方に曲げ、両肘、両膝を軽度屈曲して身をかがめる)、小歩、すり足、がみられだし、進行すると、すくみ足や突進歩行(加速歩行)もみられる。手が使いにくくなって、ボタンがかけられない、書字困難、声が小さくなる、などの症状が出る。運動以外の症状としては、便秘(今回の症状でもすでに1年前から認められている)、排尿障害、発汗異常、起立性低血圧などの自律神経障害の症状、睡眠障害、特に日中過眠、REM睡眠時の行動異常、寝言(今回の症例でも大声で寝言を言う症状が記載されている)、記憶障害、うつ、幻覚、妄想、嗅覚低下など多彩な症状が出現する。このような非運動症状が、運動症状に先行することもしばしばみられる。
パーキンソン症候群はパーキンソン病以外のパーキンソニズム(パーキンソン病に似た症状)を呈する疾患群の総称であり、薬剤性パーキンソニズム、脳血管性パーキンソニズム、進行性核上性麻痺、多系統萎縮症、大脳皮質基底核変性症、レビー小体型認知症、正常圧水頭症、脳炎後パーキンソニズム、などが含まれる。パーキンソン病では最初は片側性に発症するが、最初から両側性に振戦がみられる場合や、初期からすくみ足などが目立つ例、などのほか、通常パーキンソン病ではみられない錐体路症状、眼球運動障害、失語、失調などがみられた場合は、パーキンソン症候群と考えて、鑑別を進めていく。今回の症例では軽度眼球運動障害がある点でパーキンソン病としては非典型的であるため各種画像検査を行うに至っている。
パーキンソン病では、今回の症例のように頭部CTやMRIで他の疾患特異的な異常(多発脳梗塞、被殻萎縮、脳幹萎縮、著しい脳室拡大や大脳萎縮)を認めない(図1)。しかし補助診断として、以下の2つが用いられている。
1)MIBG心筋シンチグラフィー:123I-MIBGはノルアドレナリンに類似し、交感神経終末で取り込まれ貯蔵されたのち、放出される。自律神経障害があると、心臓の交感神経障害により心筋での123I-MIBGの取り込み低下が認められる。パーキンソン病では発症早期でまだ自律神経障害が発症していない時期でも、取り込み低下が認められる。ただし、パーキンソニズムに分類されるレビー小体型認知症でも同様の所見を呈するが、それ以外のパーキンソン症候群ではこの所見がないため、鑑別疾患に有用である。読影の際には、肺集積と心筋集積を比較して(H/M比を利用して)心筋への集積の有無を判定する。通常H/M比は早期相も後期相も2~3であるが、今回の症例では早期相で1.4363、後期相で1.2555と明らかに低下している。またwash-out率も正常では10~30%であるところ、本症例では {(18332-9803)/18332}×100=46.5%と亢進しており、パーキンソン病に矛盾しない所見である(図2)。
2) 脳ドパミントランスポーターシンチ(ダットスキャン):線条体終末におけるドパミントランスポーター(DAT)の分布を可視化するスペクト画像であり、この密度が低下しているパーキンソン病やレビー小体型認知症では集積低下が認められる。正常者では尾状核および被殻に、左右対称の三日月型またはカンマ型のほぼ均等な高集積を認める。異常には大きく分けて2つのパターンがあり、1つはパーキンソン病で認められる所見で、被殻での集積低下を認め、尾状核のみが描出されるため集積は円形または卵型の形状を呈し、左右非対称となる。初発の振戦などの運動障害が認められた側と反対側の集積低下がが、より顕著にみられる。もう1つは主にレビー小体型認知症でみられる所見で、尾状核を含む線条体全体で集積が低下する。ほかに進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、多系統萎縮症、Huntington病などでも線条体全体の取り込み低下がみられることがある。今回の症例では被殻での集積低下のため尾状核のみが描出され、集積は左>右で卵円形の形状を呈した。右優位で集積の低下が認められ、左手の振戦で発症したパーキンソン病に矛盾しない像である(図3)。
重症度はヤールの分類が用いられる。Ⅰ度では障害は身体の片側のみで、日常生活への影響はほとんどない。Ⅱ度では障害が身体の両側にみられるが、日常生活に介助は不要の段階である。Ⅲ度では、はっきりした歩行障害で転倒しやすくなる。Ⅳ度では自力での日常動作が困難となり、多くは介助が必要となる。Ⅴ度では車椅子、ベッドで寝た切りとなって全面介助となる。
パーキンソン病に対しては、作用機序の異なる多種類の薬物がラインアップされている。作用機序からの分類を理解し、主要な薬物をおさえておきたい。治療開始時の基本的な方針として、生活や仕事に支障をさない場合は、患者教育、リハビリを行い、無投薬とする。生活や仕事に支障をきたし、70歳以上の高齢者、認知機能障害や精神症状がある場合で、症状改善をすみやかに行う必要のある場合にはレボドパから治療を開始、生活や仕事に支障をきたすものの、70歳未満で転倒のリスクも少なく症状も軽いなどの場合は、ドパミンアゴニストから治療を開始する。レボドパ+ドパ脱炭酸酵素阻害薬の組み合わせが、最も効果が高い。レボドパまたはドパミンアゴニストの有効性を確認することは診断にも必要である。

レボドパの服用後数年すると、レボドパの有効時間が1~2時間に短縮し、次の服用までの時間帯にパーキンソン病の症状の悪化がみられる。これをwearing-off現象という。ドパミン作動性ニューロンの変性が原因である。効果持続時間が短縮するため、頻回のレボドパ内服が必要となるが、レボドパが過剰になるとジスキネジア(長期服用時にみられる不随意運動)、効果が切れるとパーキンソンニズムの悪化がみられる。さらにレボドパ長期服用時には、服用時刻に関係なく、症状が急に出現したり(on)、改善したり(off)する(on-off現象)。次のレボドパを内服しなくても改善することがある点がwearing-off現象との違いである。原因は詳細には解明されていない。
パーキンソン病患者への処方で注意を要する薬物として以下のようなものがある。
1) 症状を悪化させる可能性がある薬物:メトクロプラミド(プリンペラン®)、スルピリド(ドグマチール®)、リスペリドン(リスパダール®)、オランザピン(ジプレキサ®)、ドネペジル(アリセプト®)、バルプロ酸(デパケン®)
2) 抗パーキンソン病薬の薬物効果を減弱させる可能性のある薬物:H2ブロッカー、プロトンポンプ阻害薬などの胃酸分泌抑制薬
3) 抗パーキンソン病薬の副作用が増強する可能性のある薬物:パロキセチン(パキシル®)、セルトラリン(ジェイゾロフト®)、ミルナシプラン(トレドミン®)

解答

1) (d)
2) (b)

 

その他に出題される可能性のある項目
●今回提示したような内容でパーキンソン病と診断させ、パーキンソン病で認められる症状を選ばせる問題が出題されている。眼球運動障害や錐体路障害、運動性失語、体幹失調、小脳失調などは通常パーキンソン病ではみられない。
●自律神経障害やREM睡眠時の行動異常については解説の通りであるが早期から出現することが多く、これが出題されている。
●パーキンソン症候群に分類される疾患群の中にはパーキンソン病との鑑別が問題になる疾患が多い。そこで脳ドパミントランスポーターシンチで正常パターンを提示して、パーキンソン病を否定させ、薬物服用歴からメトクロプラミド、スルピリドによる薬剤性パーキンソン症候群を鑑別診断させる問題が出されている。

Follow me!