全身浮腫で来院
問題45
68歳の女性。全身浮腫を主訴に来院された。
現病歴:10年以上前から口渇、多飲、多尿がみられていたが放置していた。6~7カ月前から両側下腿浮腫、4か月前から全身浮腫が出現してきたため来院。最近日中の排尿が減っていた。今朝から体動時の呼吸苦がみられたため夫が救急要請した。
現症:身長 161.0 cm、体重66.0 kg。血圧 152/94 mmHg、脈拍 93/分、体温 36.3℃、Spo2 94%(5L/分酸素投与下)。頚静脈の怒張なし。胸部病的心雑音聴取せず、肺野に雑音なく両側下肺野で呼吸音減弱。全身に圧痕を残す浮腫あり。
検査所見:血液生化学所見:T-P 5.3 g/dl、Alb 1.8 g/dl、BS 241 mg/dl、HbA1c 9.1%、BUN 22 mg/dl、Cr 0.66 mg/dl、eGFR 67.2 ml/min/1.73 m2、Na 139 mEq/l、K 4.5 mEq/l、Cl 103 mEq/l、T-Cho 270 mg/dl。尿所見:蛋白(3+)、糖(2+)、ケトン体(-)。
入院後に行われた腎生検組織像。(a)(b)はPAS染色、(c)はMasson-trichrome染色。
この患者に対して行うべき治療を2つ選べ。
(a)血液透析の導入
(b)副腎皮質ステロイド薬の投与
(c)血糖降下薬の投与
(d)ループ利尿薬の投与
(e)高蛋白食の導入
解説(オリジナルは『Dr. Tomの内科症例検討道場』にはないが院内で行った内科症例検討道場で症例281として扱ったもの)
糖尿病性腎症によるネフローゼ症候群の典型的な症例である。低アルブミン血症、高度蛋白尿、全身浮腫、高コレステロール血症などの所見からネフローゼ症候群と考えられ、高血糖、HbA1cの高値などから長期にわたる糖尿病性腎症がその原因であろうと考えることは比較的容易である。著明な低アルブミン血症があって両側下肺野の呼吸音の低下からは、両側胸水貯留や無気肺があるのではないかと疑える。腎生検組織では、ほぼ全体が硬化、硝子化した糸球体も認め、残存糸球体にはびまん性あるいは結節状にメサンギウム基質の増加を認めた。組織学的には糖尿病性腎症に合致する像で、一次性糸球体腎炎を示唆する所見に乏しかった(図1)。
図1:腎生検像。(a)(b)はPAS染色、(c)はMasson-trichrome染色。(a)PAS染色でメサンギウム基質の増加と糸球体基底膜の肥厚がびまん性にみられ、びまん性病変である。(b)(c)ではメサンギウム基質が結節状に増加した結節性病変(Kimmelstiel-Wilson結節)がみられている(黄矢印)。
今回の症例では、eGFRが67.2 ml/min/1.73 m2と保たれているにもかかわらず大量の蛋白尿が生じており臨床的にも糖尿病性腎症と考えて矛盾しない。このようにアルブミン尿や蛋白尿がGFRの低下に先行して出現するのが一般的である糖尿病性腎症の場合(cf典型的な本態性高血圧の腎硬化症は尿蛋白出現に先行してeGFRの低下がみられる)には、アルブミン尿の程度に基づいて、第1期(腎症前期;正常アルブミン尿の時期<30 mg/gCr)、第2期(早期腎症期;微量アルブミン尿の時期30~299 mg/gCr)、第3期(顕性腎症期;顕性アルブミン尿≧300 mg/gCrあるいは持続性蛋白尿の時期)、第4期(腎不全期;GFR<30 ml/min/1.73 m2)、第5期(透析導入期;透析施行中)にステージ分類されており、それぞれのステージにおける治療ガイドラインが提唱されている。今回の症例ではもちろん第3期である。
糖尿病性腎症のステージからみた食事療法としては、第1期から1.0~1.2 g/kg標準体重/日の蛋白制限が勧められ、今回のような第3期には0.9~1.0 g/kg標準体重/日の蛋白制限が推奨されている。また塩分については、第1~2期の場合、高血圧があれば6 g/日未満の制限、第3~4期の場合は、高血圧の有無にかかわらず6 g/日未満の制限が勧められている。またKに関しては第4期以降に制限を勧めている。必要エネルギーは標準体重を維持するに必要なエネルギー量を年齢、性別、生活強度などから算出するが、基本的には25~30 kcal/kg標準体重/日が目安である。
血糖コントロールの目標はHbA1cが6.9%未満である。糖尿病性腎症の場合には血糖降下薬の使用に関してはそのステージに注意を要する。本症例のような顕性腎症後期(第3期)では、グリニド系薬剤(レパグリニド、ナテグリニド、ミチグリニドなど)、スルホニルウレア系(SU)薬剤(グリメピリドなど)は慎重投与が望ましく、ビグアナイド系薬剤(メトホルミンなど)は禁忌となっている。高度腎機能障害例ではチアゾリジン系薬剤(ピオグリタゾン)も禁忌となる。結局、使用できる経口血糖降下剤としてはDPP-4阻害剤やSGLT-2阻害剤、注射薬としては速効型あるいは超速効型インスリンや、GLP-1アナログ製剤が妥当なところとなる。また糖尿病性網膜症の存在も疑われる場合には眼底出血などをきたさないようにゆるやかに血糖をさげることが必要である。
浮腫やNa・水貯留の状態を改善するため、ループ利尿剤が投与される。アルブミンの補充は原則行われず、もし使用する場合でも限定的である。
解答:(c)(d)
実際の症例では
実際の症例では、尿蛋白定量 1431 mg/dLで明らかにネフローゼ症候群の基準である3.5 g/日以上、尿中Cr 9.0 mg/dL、尿蛋白/尿Cr 18.48 g/gCRであり、随時尿での基準3.5 g/gCR以上も満たすレベルとなっていた。また低アルブミン血症(1.8 g/dL)3.0 g/dl以下という基準も満たす。さらに臨床的にも浮腫は明らかであったためネフローゼ症候群の診断基準を満たす。高LDL血症は認められなかったが、これは必須ではないのでネフローゼ症候群であると言ってよい。入院時に撮影した胸部単純レントゲン写真では両側胸水(図2)、胸腹部CTでは、両側胸水と無気肺、腹水、皮下の浮腫がみられた。
図2:胸部単純レントゲン写真。左が入院時、右が退院前のもの。入院時には両側に大量の胸水が認められるが、治療に伴ってほとんど消失するに至っている。
血糖コントロールについて、今回の症例ではDPP-4阻害剤としてリナグリプチン(トラゼンタ®)5 mg/日を開始したところ、まず食前血糖が150~200 mg/dl程度に改善がみられた。しかしその後、今一歩の血糖コントロールのところで推移していたため、最終的にはDPP-4阻害剤はSGLT-2阻害剤に変更し、GLP-1アナログ製剤であるデュラグルチド(トルリシティ®)0.75 mg 1A週1回皮下注射を併用していくこととなった。デュラグルチドは、自己会合により緩徐に吸収され、アルブミンと結合して、代謝酵素に対する安定性を示すことで作用が持続する。このためアルブミンが十分回復した時点から開始されている。実際、今回の症例も眼底検査を依頼したところ、増殖前ないしは増殖網膜症の所見を認め、今回の退院後に、眼科的な治療を予定された。
問題文では改変しておいたが、実際は260/107 mmHgであったのでさっそく降圧療法を行う必要があった。高齢者の場合はまず140/90 mmHgを目標とし、慎重に降圧を進め収縮期血圧110 mmH未満の降圧は避ける。一般的に130/80 mmHg以下を目標とする。糖尿病性腎症の患者では、ACE阻害薬やARBが第一選択薬となっている。ところが今回の症例では、入院当初、利尿剤の反応が不十分であった入院後2日間のみはCa拮抗薬であるアムロジピン(アムロジピンOD®)5 mg/日が開始され、入院3日目頃からは尿量の反応良好となってきたため腎保護、尿蛋白減少を期待してARBとしてオルメサルタン(オルメサルタンOD®)10 mg/日の投与に変更された。そもそもネフローゼ症候群の病態でも述べたように、低アルブミン血症により膠質浸透圧が低下した結果、水分が間質に逃げ、循環血漿量が減少するが、これを代償するべくレニン・アルドステロン系が活性化し水やNaを血管内に保持しようとしている。十分に尿がつくられるだけの循環血漿量があるかどうか不明な状態で、この代償機転をARBやACE阻害剤によりブロックすると循環血漿量が少ない状態が生じ、糸球体内圧の低下、GFRの低下が生じ、尿量が低下したままとなったり、Kが排泄されず高K血症となったりすることも十分考えられるため、主治医はあえて最初はCa拮抗薬を使用し、その後、後述するような治療経過でようやく尿が出てくることが確認できたためARBに変更されたのである。これにより収縮期血圧は120~150 mmHgに改善した。
浮腫やNa・水貯留の状態を改善するため、入院初日にループ利尿剤としてアゾセミド(ダイアート®)30 mg/日の内服を開始したが反応は悪く、入院2日目にはフロセミド(ラシックス®)20 mg を朝と昼に1Aずつ投与してみたが効果がなお不十分であったため、フロセミドを40 mg静注ののち持続静注(200 mg/40 mlを1.5 ml/hつまり7.5 mg/hでフロセミド投与)を開始した。これにより、入院3日目には2000~3000 ml/日の尿量がえられ反応良好となった。溢水状態を改善させるため、フロセミドの持続静注を入院11日目まで継続した。また入院3日目にはアゾセミドを120 mg/日に増量し、Kも低下傾向にあったためスピロノラクトン25 mg/日の併用も開始した。なおこのような場合のアルブミン製剤の投与については、有効性はあっても軽度かつ一時的で、逆に高血圧を助長するなどの指摘もあり基本的には避けたいが、血漿アルブミン2.5 g/dl未満で、重度の循環血漿量の低下が他の方法でコントロール困難な場合に限り検討される。今回の症例では使用されていない。